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或る優秀なアメリカの弁護士

米国南部に住んでいた時にピックアップトラックと呼ばれる商用車を買ってしまった「最強セールスに簡単に屈した話」(https://note.com/yamada_nick/n/n0a14f794b8d4)を書いたことがありましたが、今回はその続きの話です。
 
実はそのトラックに乗り始めて間もない頃に、私は飲酒運転で逮捕され警察署内の拘置所に一晩収容されました。
 
公共交通機関がほとんどない20余年前のアメリカ南部では、外食時にビール等を飲んでも運転して帰ることは一般的であり、信号無視などの別件で捕まらない限り、アルコール検査を受けることはありませんでした。
 
私が逮捕、拘留された理由は、会食後の帰りに一方通行の田舎道に反対方向から迷い込み、正面から偶然来たパトカーからの停止指示に従わず、走り去ったことにあります。
 
「逃げた」時間はほんの数分でしたが、応援パトカー到着後に複数の警官が拳銃を構える中で、脚を開きボンネットにうつ伏せにさせられ後ろ手に手錠を掛けられました。
 
そしてパトカーの後部座席に放り込まれて警察署に到着後、腕時計や財布はもちろんのこと、ベルトや靴ひもまで取り外され、アルコール検査、薬物検査の後に地下階の拘置所に収容されました。
 
拘置所は、薬物中毒者に見える人も含めて10名程度が収容された鉄格子に囲まれた大部屋であり、丸見えの便器が隅に1つ設置されていました。
 
翌朝、(といっても窓も時計もない24時間照明の場所に長くいると時間の感覚がなくなるですが、)取調官に言われたことは「このケースでは保釈金(Bail Bondといいます)の納付により公判までの保釈は可能」ということで私は勤務先への連絡を許され、Bail Bondを手配して夕方釈放されました。
 
(ちなみに、今日このような不祥事を起こせば、即刻帰国させられて免職を含む懲戒処分を受けるでしょう。しかし当時は大らかで、勤務先の日本人支店長からは「貴重な経験をしたな」と笑い飛ばされただけでした。)
 
数日して裁判所から出廷日等を記した書類が届いたのですが、驚いたのは複数の弁護士から直ぐに電話がきたことです。話を聞くと、本件は既に公告されているとのことです。
 
何人かの弁護士に会ってみたところ、皆、情状酌量狙い一本でしたが、ある弁護士からは次のように言われました。
 
「情状酌量の余地は小さく運転免許取消しはもちろんのこと、① 飲酒運転のみならず逃走し悪質ということで、高額な罰金だけでは済まず長期に渡る道路の清掃奉仕等のペナルティも受ける可能性が高い。②(免許を取り直せても)自動車保険料は天文学的数字になる。③ 就労ビザでの滞在者であれば、犯罪歴により更新は非常に困難となる。④ しかし自分に弁護を任せれば半分程度の確率で、全ての懸念を一気に解決できる秘策がある」

私は彼に弁護を依頼しました。
 
請負料は僅かな着手金と高額な成功報酬であり、後者は有罪となった場合の罰金と自動車保険料値上がり相当分を併せた金額の半分という分かり易い提案でした。
 
そろそろ結論を書きます。
 
私はこの弁護士先生のお陰で無罪放免となり、一切の犯罪記録を残さないことに成功しました。そのことは、この事件の約10年後の米国永住権申請時に「無犯罪証明書」を警察署に請求した際にも再確認できました。
 
彼の作戦は、この公判では逮捕した警官本人が原告となって出廷することが前提となっているので、その警官が出てくる限り被告人側として何らかの理由をつけて公判の日程変更を裁判官に請求することを繰り返し、原告の警官が欠席するのを待ち、公判そのものを不成立にするというものでした。
 
具体的には公判当日、弁護士はその警官が来ていることを確認すると初回は「未だいくつかの重要書類が揃っていない」、2度目は「今日は被告の体調が悪い」との理由でリスケに成功しました。
 
そして、2度延期された3度目の公判日には、相手の警官も大した事件でもないのに何度も呼び出されることに嫌気がさしたのか出廷せず、原告不在ということで「事件」そのものが流れて呆気なく終わりました。

弁護士が「半分程度の確率」と言ったのは、原告警官の気質によるということでした。相手がむきになって何度延期になっても必ず法廷に現れるようであれば、この「作戦」は3回も使うとたぶん認められなかったであろうとのことでした。

優秀な士業は時間の切り売りではなく、顧客の置かれた状況に応じて結果にコミットした提案をするものだと聞いたことがありますが、本件はその見事な実践例でした。
 
追記:
 
この直後に私は誕生日を迎えたのですが、当時のアメリカ人秘書が職場で準備した特製バースデーケーキの写真です。

彼女は私が拘置所から電話した際にも「あら、出社しないと思ったらそんなところにいたの。そこで読みたい雑誌の定期購読申込みをしたくて電話してきたの? 住所と部屋番号は?」と切り返すユーモアにあふれた方でした。

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