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巻末対談:田坂広志✕山口哲一〜紆余曲折しながら、 ときに逆行しながら、 歴史は進む

『新時代ミュージックビジネス最終講義』(2015年9月刊)は、音楽ビジネスを俯瞰して、進みつつあるデジタル化を見据えてまとめた本でした。改めて読み返しながら、2021年視点での分析を加筆していきます。
 尊敬する田坂広志さんとの対談は、大げさではなく、夢のような経験でした。ニューミドルマンという言葉を使うこともご了解いただき、専門領域は違いますが、エンタメビジネスの領域で、田坂さんの教えを実践していきたいと思い、以来続けています。
田坂 広志(たさか・ひろし) 1951年生。74 年、東京大学卒業。81年、同大学院修了。工学博士(原 子力工学)。87 年、米国シンクタンク、バテル記念研究所の客員研究員。90 年、日本総合研究所 の設立に参画。民間主導による新産業創造のビジョンと戦略を掲げ、10年間に異業種企業702 社 とともに 20 のコンソーシアムを設立・運営。取締役等を歴任。現在、同研究所フェロー。2000 年、 多摩大学大学院教授に就任。社会起業家論を開講。同年、21世紀の知のパラダイム転換をめざす シンクタンク・ソフィアバンクを設立。代表に就任。03 年、社会起業家フォーラムを設立。代表に 就任。08年、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのGlobal Agenda Councilのメンバーに就任。 10 年、4 人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議・ブダペストクラブの日本代 表に就任。11年、東日本大震災に伴い、内閣官房参与に就任。13 年、全国から2200 名を超える 経営者やリーダーが集まり「7つの知性」を学ぶ場、「田坂塾」を開塾。著書は 80 冊余。


 最後に、“ニューミドルマン”という言葉の提唱者である田坂広志氏との対談をお届けしよう。IT革命後の市場変化を見据え、田坂氏が、すべての市場における“ニューミドルマン”の出現の必然性を唱えたのが 1999年のこと。それから15年以上を経て、ようやく音楽業界にも“ニューミドルマン”が登場する機が熟しつつある。ジャズを愛するという一面も持つ氏に、音楽版ニューミドルマンの進むべき道を伺うことにした。

販売代理から購買代理へ

山口:10年以上前から、音楽業界のやり方はこのままではダメで、ビジネススキームを再定義・再構築しないといけないと感じていました。 そんな時に、田坂さんのご著書を拝読して、“ニューミドルマン”という言葉が刺さったんです。昨年から始めた人材育成セミナーを “ニューミドルマン養成講座” と名づけたりして、勝手に使わせていただいています(笑)。ただ、今のままではダメだけど、ぶっ壊すだけでも良くない。 テロリストになるつもりはなくて、僕自身が音楽業界の中で育っていますし、その中にも良いものはいっぱいある。だから、しっかりと音楽ビジネスを再定義して、生態系を再構築したいと思っています。そのキーワードとして、“ニューミドルマン” を掲げさせていただいています。
田坂:そうですか。では、この対談の最初に、改めて、"ニューミドルマン” という言葉について説明しておきましょう。そもそも、「情報革命」と いう大きな流れの中においては、音楽業界を含め、すべての業界、すべての市場で、“ニューミドルマン”と呼ばれる新しいプレイヤーが生まれてきます。なぜなら、そもそも「革命」という言葉は、「何か新しいことが起きること」をもって「革命」と呼ぶわけではないからです。「革命」 とは、文字通り、「権力の移行」や「パワーシフト」を意味するのです。 従って、「情報革命」とは、本来、「情報の主導権」が、企業や生産者から顧客や消費者の側に移ることを意味しているのですね。これまでの市場においては、企業や生産者、サプライヤーは、情報を独占的に持っており、情報の主導権を握っていた。従って、その強い立場を生かして、 市場を自分たちの都合に合わせ動かすことができた。しかし、インターネット革命が牽引する「情報革命」によって、いまや、誰でも自由に市場の情報を得られるようになった。商品の情報についても、簡単に共有でき、その評価まで伝わるようになり、情報の主導権は、明らかに顧客や消費者、ユーザーの側に移りました。これをアメリカでは、「Buyer Centric Market」(購買者中心市場) と 呼びますが 、情報革命によって 、 すべての市場で、従来の「販売者中心市場」から「購買者中心市場」へ の進化が起こるのですね。ただし、産業と市場によって、それがいち早く起きたところと、まだゆるやかにしか起こっていないところに分かれ ているのも現実ですが。
山口:音楽業界は、“まだゆるやかにしか起こっていないところ” になると思います。危機感が足りないと思っています。
田坂:そうですか。ただ、音楽業界の人々が理解しておくべきは、この「市 場の進化」に伴って、必ず、もう一つ大きな進化が起こることです。それが「ミドルマン(中間業者)の進化」です。これまでの市場においては、 生産者やサプライヤーの方を向いて「販売代理」のサービスを提供するミドルマン、すなわち小売や卸売のような中間業者が活躍していましたが、これからの購買者中心市場においては、消費者やユーザーの方を向 いて「購買代理」のサービスを提供するニューミドルマン(新たな中間業者)が生まれ、活躍するようになっていきます。これは音楽産業を含め、どのような産業でも必ず起きる変化です。

劇的に低下した情報の伝達コスト


田坂:では、なぜ、こうしたニューミドルマンが生まれてくるのか? それは、ネット革命によって情報の伝達コストが劇的に安くなったからです。「購買代理」のビジネスモデルは、端的に言えば、消費者やユーザーに対して、「あなたのニーズを、私に聞かせてください。そうすれば、 そのニーズに関連する商品とサービスを、すべて取り揃えてお届けします」というビジネスなのです。そして、「ニーズに関連する商品とサー ビスを、すべて取り揃える」ということは、まず、その商品とサービスの「情報」を、すべて取り揃えて届けるということですが、これは情報 の伝達コストが劇的に安くなったから可能になったことです。どのメー カーの新車も中古車も購入できるカーディーラーサイトや、事務用品の アスクル、書籍のアマゾンなどは、このニューミドルマンの好例ですね。 従って、音楽業界においてニューミドルマンをめざすためには、「情報革命に伴うユーザーへの権力の移行」「購買者中心市場への市場の進化」「購買代理のビジネスモデルの普及」という三つのことを理解すること が、戦略思考の出発点でしょう。
山口:そうなると、企業側はユーザーの要望に合わせて商品を用意しないといけなくなったということですか?
田坂:「企業進化」の戦略から言えば、どこまでもサプライヤーに徹していくのか、ニューミドルマン的な機能を取り込んでいくのか、この2つの戦略のいずれを採るかです。例えば、アスクルは、ユーザーが求めるものであれば他社の製品でもカタログに掲載する戦略を採った。明らかに後者です。しかし、このニュー ミドルマンのポジションを押さえると、市場戦略においては、極めて有利な立場に立ちます。なぜなら、お客様が最初に相談に来てくれるポジションに立つということは、色々な戦略的打ち手が可能になるからであり、これが「ゲートウェイの戦略」 と呼ばれるものです。ただし、この ニューミドルマンになるためには、 その企業に、戦略的な俊敏性や企業文化の柔軟性、社外への開放性などがなければなりません。その能力の無い企業はサプライヤーに徹する、メーカーに徹するという方向に向かわざるを得なくなります。しかし、市場は、消費者の情報主導権がますます強くなり、「生産者中心市場」から「消費者中心市場」に向かっていきますので、消費者に一番近いところに立ち、その購買を代理し、支援するというニューミドルマンのポジションを巡っての戦いが激しくな っていきます。ところが、まだ、そのことに気がついていない企業が多いのも事実です。

リスナーファーストが基本

山口:田坂さんがニューミドルマンについて書かれたのが 1999年ですが、それからずいぶん経つのに、まだ指摘されていたことの半分も日本では起きていませんよね?
田坂:そうですね。ネット革命や情報革命がもたらす「顧客中心市場」や「購買代理のビジネスモデル」への進化は、遅かれ早かれ、必ず起こるのですが、ただ、現実には、それほど一直線に進化が起こるわけではありません。様々な形で紆余曲折しながら、ときには逆行したりしながら進んでいるのが現実だと思います。
山口:逆行や停滞に対しては、どう考えて行動すれば良いでしょうか?
田坂:山口さんは、この対話の冒頭、「テロはやりたくない」と言われましたが、この革命に勝利したければ、 その姿勢は正しいのですね。なぜなら、テロというのは、一般大衆が味方になっていないからです。既存のものを、過激に壊そうとすることは、 一瞬、変革への強力な行動のように見えても、実際は、真の変革を止め、ときに逆行させてしまうことが多い のです。真の変革とは、一般大衆= 消費者を味方につけられるか、これから市場において情報主導権を握っていくユーザーを、音楽で言えばリスナーをどこまで味方につけられるかが勝負なのですね。
山口 :リスナーファーストで考えるのが、基本ということですね。
田坂:その通りです。ニューミドルマンとは、まず、ユーザーやリスナーのニーズが最も良く分かっていることが大前提ですが、その上で、そのニーズに関連する商品とサービスを、すべて取り揃えて提供する立場です。そのためには、異業種を結集し、戦略的提携を実現し、最も魅力的な「商品生態系」を形成して、市場に参入していく能力が求められます。 この能力が極めて優れていた人物は、例えば、スティーブ・ジョブズでしょう。彼は、ただ
iPodという音楽再生のデバイスを作ったのではなく、iTunes Store なども含め、「好きな曲を自由に楽しみたい」というリスナーのニーズに応える「商品生態系」を一挙に生み出したのですね。 iPod のデザインは、確かに素晴らしいと思いますが、彼の才能の本質は、 この「商品生態系」を一挙に創出した能力なのですね。
山口:よく分かります。新しい生態系を見通すビジョンとレコード会社 を説得する交渉力とユーザーの期待を集めるカリスマ性を、高いレベルで併せ持っていた天才ですね。
田坂:そうです。すなわち、顧客中心市場において、異業種を結集し、 魅力的な「商品生態系」を形成するというニューミドルマンの戦略を実行するためには、我々に、『知性を磨く』という著書で述べたように、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という「7つの知性」を垂直統合した能力が求められるのです。特に重要なのは、「戦術のレベルの知性」です。「戦略」だけならば、少し頭の良い人間なら色々と考えることができる。しかし、「戦術」のレベルでは、すべて固有名詞での思考が求められる。交渉相手は、どのような思考をする人物で、どのような人脈があり、相手の組織は、どのような内部事情があり、 誰が実質的な意思決定者か。そうしたことを徹底的に調べ、検討した上で、実際の行動を起こすわけです。スティーブ・ジョブズは、そうした「戦術思考」のレベルでも天才的な才能があったと思います。そういう「垂直統合した能力」がない限り、業界の変革はできないでしょう。

プラットフォームよりコンテンツ

山口:視点を変えて、コンテンツプラットフォームのグローバル化とい う現状があると思います。Apple や Google といった覇権を握ったプラットフォーマーの恣意性に対して、日本企業や日本国民は戦う術が無い。 この問題はどう考えれば良いと思いますか?
田坂:敢えて、「戦略」というものの厳しさを申し上げれば、「すでに勝負がついてしまった後で議論をしても仕方が無い」ということでしょう。昔、ボウリングをしていた時、横でプロが投げていたので、「プロは、 こういう難しいスプリットをどうやって倒すのか?」と聞いたら、「そもそも、プロは、そういうスプリットを作らない」というのが答えでした(笑)。まさにその通り、局面が決まってからあれこれ言うのはアマチュアだということを教えられました。ただ、私が日本の音楽業界を見ていて、プラットフォームの問題よりも気になるのは、そもそも音楽のコンテンツが世界に伍していける水準にないことです。もし本当に日本の音楽業界の未来を考えるのであれば、プラットフォームの上で堂々と勝負できるコンテンツを提供していくことの方が重要ではないかと思い ます。特に、プラットフォームを完全に押さえられているのであれば、 コンテンツの世界をどう押さえていけるのか。例えば、映画産業を見る と、香港などは小さな都市ですが、世界に通用する映画コンテンツを創っている。日本は、それができない。
山口:日本のマーケットに向けてコンテンツを作っている間はダメとい うことですね。僕自身も、これからは、いかに始めから海外のマーケットを意識してアーティストを売り出せるかが勝負だと思っています。
田坂:昔から“Content is King.”という言葉がありますが、本当にコンテンツを押さえたら強い。しかし、日本はコンテンツが非常に弱い。だから、仮に世界的なプラットフォームを押さえることができても、テニスの「ウインブルドン現象」のように、結局その上でプレイしているのが海外のアーティストばかりになってしまうでしょう。
山口: “Content is King.”という言葉を、田坂先生から伺えて、うれ しいです。勇気が持てます。
田坂:そうですね。ぜひ、山口さんには、その変革に取り組んで頂きた いと思いますが、我々が現実を変革しようとするとき、最も大切なもの は、実は「人間力」です。私自身、永く「戦略参謀」や「戦略リーダー」の世界を歩み、また、「戦略」に関する本も数多く書いてきましたが、いつも思うのは、「パーソナリティは最高の戦略」ということです。 なぜなら、魅力的なパーソナリティを持ち、優れた人間力を持った人の周りには、自然に、優れた人が集まり、優れた智恵も集まってくるからです。
山口:痺れる言葉をありがとうございます。この 5 年くらいの間で僕なりに異業種も含めた新しいネットワーク、人間関係は作ってきています。 人材育成に取り組み始めたのも、“人”が必要だと思ったからなんです。 でも、まだ全然、力不足なので、本気で頑張ります。僕らに残された時間はそんなに無いと思っていますから。
田坂:その「志」を抱き続け、活躍されることを祈りますが、最後に、「人間力」を磨くための、大切な心構えをお伝えしておきます。それは、「相 手の時間」を大切にすることです。私は、大学院に進んだため、7年も遅れて実社会に出て、突然、法人営業の世界に投げ込まれたのですが、 それでも何とか、ここまで歩んで来れたのは、「お客様の時間を大切にする」という心構えを忘れず、日々の仕事に取り組んだからなのですね。 実は、その心構えを教えてくれたのは、医学部の時代の教授でしたが、 ビジネスの世界も、すべては「人間の心」を相手にする営みです。この「相手の時間を大切にする」という心構えを胸に刻むならば、必ず、道は拓けます。そして、21 世紀に開花するニューミドルマンのビジネスとは、「顧客中心」のビジネス。されば、その根本にあるべきは、何よりも、「顧客の時間を大切にする」という心構えなのですね。

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2021年10月付PostScript
 改めて読み直して、6年経っても全く古びない田坂広志さんの金言に痺れました。山中湖の田坂邸に伺ってから6年以上が経ちました。あの日から自分がどこまでやれたのか振り返す機会になりました。
 「戦術」のレベルでは、すべて固有名詞での思考が求められる。という田坂さんの発言は、僕が日本の音楽業界のUPDATEに取り組む責任があるなと勝手に思うようになった大きな理由です。過去の状況をわかっていないと、明確な戦術が立てられない。戦略的に、概念として正しいことを言うだけでは、変えられないのだとこの日に田坂さんから教わったからです。「パーソナリティは最高の戦略」という言葉に見合う人間力を自分が持てているのかというのは自省するところです。
 改めてこの日の対談を読み返し、テキストに起こされてない田坂さんの言葉も思いだして、自分のミッションについて思いを馳せる機会になりました。コロナ禍で傷んだ日本の音楽界。ピンチはチャンス。大ピンチの今は、DXして浮上する最大のチャンスと捉えて頑張ります。日本の潜在的なコンテンツ力は高いと信じているからです。ENTRE MUSIC VISIONはそんな思いを込めています。音楽ビジネス生態系のUPDATEに取り組みましょう!

 最大の弱点であるデジタルマーケティングの強化にも取り組んでいる「音楽マーケティング・ブートキャンプ」は、大きな手応えを持って、まもなく第二期が募集開始です。



モチベーションあがります(^_-)