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21世紀らしい極上のNYC発のミュージカル映画『In The Heights』

 ニューヨークは大好きで、20代から毎年のように行っていましたが、その頃、マンハッタン北部のワシントンハイツに足を運ぶなんて想像もしませんでした。
 当時の僕の定宿はアッパーウエスト、80丁目/アムステルダムAveにあるウィークリーマンションでした。まだアパートのレンタルは珍しかった時代です。マンハッタンは南側が数字が小さく、北に行くほど大きくなります。旅行者が訪れるのはせいぜいハーレムまでで、155丁目のワシントンハイツは、地下鉄の路線図で目にするだけの未知のエリアです。ドミニカ、プエルトリコといったカリブ海諸島からの移民のコミュニティがあるらしいみたいなぼんやりとした知識しかありませんでした。

 本作は、ワシントンハイツの移民たちを主人公にした群集劇です。ビジュアルも性格も魅力的な複数の主人公たちが懸命に生きている姿が描かれています。日本人からは想像しにくいのですが、アメリカ、特にニューヨークは、移民が文化的な出自ごとにまとまってコミュニティを形成していて、そのまだら模様が街になっています。サラダボウルだとか人種のるつぼみたいな言葉をよく聞きますが、実際はパッチワークみたいだなと思います。もう20年くらい前になりますが、ゴスペルアルバムのレーベルを企画して、シカゴやニュージャージーでアフリカン・アメリカンのミュージシャンとガッツリ仕事した時期があります。その時に印象的だったのは、教会がコミュニティの核になっていることです。マンハッタンで高いギャラを稼いでいるミュージシャンが、日曜日は喜々としてボランティアでハウスバンドを務めます。赤ん坊の頃からこの環境にいたら上手いシンガーが出てくるはずだなと実感したのを覚えています。そんなコミュニティのパッチワークがUSAであるという背景を知っていると、この映画で住人たちが深い絆を感じて助け合っているのが自然に感じられますね。

 映画館でパンフレットを買って知ったのですが、この作品は大学で上演されてからオフ・ブロードウェイを経て、ブロードウエイ・ミュージカルとして大成功した作品だそうで、合点がいきました。実は僕自身は、いわゆる大型のウェルメイドなブロードウエイミュージカルはそれほど好みではありません。NYに10日くらい滞在すれば、1〜2本は観ますけれど、好みは圧倒的にオフ・ブロードウェイです。INTELのCMにも使われ、日本でも長期公演が行われた「ブルーマン・グループ」を、上演開始数ヶ月後でまだ一般的には無名で、もちろん日本人など誰も知らない頃に、地元の口コミで観に行ったのは秘かな自慢です。以来何度も観ましたが、最初の頃はアングラ劇扱いで観客が怖がっていたのが、内容は変わらないのに、ある時期からはキャーキャーはしゃぎながら観るようになっていて、エンタメのクリティカルマスってこういうことなんだと思ったのを覚えています。
 そんな僕にとっては、自分が感動したミュージカル映画が、大学のキャンパス〜オフ・ブロードウェイという道筋だったというのは納得がいく背景でした。

 余計なことを長々と書いたのは、この映画からニューヨークの匂いを強く感じだからです。世界で一番好きな街なので、それだけでも十分魅力はあるのですが、何と言っても、圧倒的に音楽が素晴らしいです。一つだけネタバレを許してもらえるなら、名曲群を産み出した作曲家リン・マニュエル・ミランダが街角のアイス(ピラグア)屋台の売り子で出ているのがサイコーです。NYCのブロードウエイミュージカルは、一般的に言って、アメリカのど田舎の牧場主や、世界中のあらゆる国からの観光客が楽しめる音楽である必要があります。誰でも楽しめる音楽であらざるを得ないとうことは、大衆性や普遍性には繋がりますが、エッジの立った時代感みたいなものとは遠くなりがちです。音楽プロデューサーとして感心はしても、観客として100%手放しに楽しめないことと、その「スーパー万人受け」志向にはおそらく因果関係があると思います。
 「イン・ザ・ハイツ」の楽曲は、その誰でも楽しめる大衆性と、今日的な時代感を両立させた素晴らしい名曲集だと思います。分析的に言うと、ラテン音楽のフレイバーとラップを絡めたのが功を奏しているとかいうことになるのでしょうが、物語や出演キャストとの有機的なつながり、音楽としての必然性があってすんなり身体に入ってきます。素晴らしいミュージカル映画なので、強くお薦めします。

 コロナ禍が収束したら、行くと決めているニューヨークですが、「イン・ザ・ハイツ」の舞台版も観たいなと強く思いました。


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