ストリーミングサービス遅延の罪と罰(第3章:世界で最もIT化が遅れた日本-5)
CD市場延命のためデジタル化が遅延
当時の日本のレコード会社の経営者たちは、CD市場が下落を始めていたにもかかわらず、地上波テレビを活用したCDビジネスを延命させようとしていました。
世界のトレンドであるデジタル化をできるだけ遅らせようしたのです。ダウンロード型については、前述のように一定の成果がありました。敵視してきたCD レンタル業 が iTunesの普及にブレーキを掛け、日本独自の着うた市場を形成し、公正取引委員会のチェックを受けながらも、特権的地位を活かして、市場の大 きなシェアを取りました。
日本のレコード会社は、レコチョクの成功事例をベースに、ストリーミングサービスを構想しました。 エイベックスは、サイバーエージェントと合弁で2015年5月にAWAをローンチしました。独自に始めようとしていた LINE に対しては、サービスの開始を遅らせて、ソニー・ミュージックとエイベックスとの合弁で(その後ユニバーサルも出資)2015年6月に LINE MUSIC を設立させました。Spotifyの日本法人設立は2013年ですが、サービス開始は2016年9月で す。日本のレコード業界は許諾交渉を長引かせることで、Spotifyの日本ローンチを、国内企業のサービス開始より一年程度遅れるように仕向けました。許諾交渉へのスタンスが違うアップルは、国内楽曲の品揃いにこだわらず、2015年6月にApple Musicを日本で開始しました。この経緯で、日本は世界でも珍しく、Apple MusicがSpotifyに対してユーザー数が多いサービスになっています。
2022年現在の日本におけるストリーミングユー ザー数については、公式な発表データはありません。 権利者などの情報を総合すると、一位はApple Music、二位はLINE MUSICとされ、Spotifyは有料会員数ではこの二社に遅れを取っています。
デジタル化の遅れにより長期低落
ちなみに、2021年の日本の音楽市場におけるス トリーミング比率は 34.4%です。これはアメリカ市場2015年の比率と同じです。単純比較はできませんが、日本のストリーミングサービス普及はアメリカに比べて、約6年遅れているという見方はできるでしょう。ストリーミングサービスの普及を遅らせようとした 日本のレコード業界の作戦が明確に失敗だったことは 市場データが証明しています。日本のデジタルサービスが遅れたことが原因で市場回復が遅れて、長期低落が続いているのです。CD市場にマイナスの影響を与るというレコード会社の判断も海外事例を無視した根拠のないものでした。ストリーミングサービスはC Dの代替手段ではなく、むしろ「ラジオの発展型」とい うべき側面を持っており、市場活性化に寄与することは海外市場動向から明らかになっています。
月額の安さが市場拡大の障壁に
日本のレコード業界の判断ミスは他にもありました。サブスクリプションの月額を低く誘導しようとしたことです。Spotifyが月額料金を決める際に、世界最大のレコード会社ユニバーサルミュージックと合意した金額は、「iTunes Storeのeアルバム1枚分を月額料金にしよう」というものでした。この基準に則れば、日本における月額課金は1800円程度になります。実際、Spotifyが当初想定していた金額はこの合意に基づく1800円だったと言われて
いますし、サービス開始直前まで月額1480円という情報が伝わってきていました。これが現状の980円になったのは大手レコード会社の経営者の意向だったそうです。「日本では高いサービスは定着しない。普及させるための理想は500円前後だ」という主張だったそうです。当時の大手レコード会社の経営者は、前述のNTTドコモ i-mode 公式サイトや着うたサービスの成功体験から抜けられずにいたわけです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という諺が思い出されます。
結果として日本のデジタル市場は世界五位にとど まっています。CD時代と同様にデジタル市場も世界二位を目指すべきですが、月額料金の安さが大きな障害になっています。
インターネット普及率もスマートフォン普及率も世界標準以上の日本で、音楽ストリーミングサービスの普及が大きく遅れてしまい、デジタル市場が大きく伸びていないのは、音楽業界の中心だった大手レコード会社の当時の判断ミスが原因です。15年程の月日が 経ち、経営陣も世代交代したいま、デジタル市場の拡大は、2022年現在、日本の音楽業界が取り組むべき最大の課題であるといえるでしょう
モチベーションあがります(^_-)