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第1章:音楽はストリーミングで聴く時代(前編)

 ほとんどの人が、音楽とともに育っているのではないでしょうか。昔、流行やった音楽を聴くと、当時の嬉しかったことや悲しかったことを思い出したりすることでしょう。
 音楽業界は、テクノロジーを先導するエンターテインメントの分野の中で、いつも最初にデジタルの洗礼を受けてきました。またコンテンツとユーザーの関係において も、音楽が最初の実験場になっています。
 音楽を楽しむメディア(媒体)は、アナログレコード、カセットテープ、そしてC Dと時代とともに変わってきました。このようなパッケージ・メディアとして楽しま れてきた音楽は、今やデジタルファイルでやりとりされるようになりました。
 インターネットが生まれてから、IT業界と音楽業界は衝突の歴史を繰り返してきました。
 最初の大きな事件は、「ピア・ツー・ピア」サービスの誕生です。どこかで集中的 にシステムを管理するのではなく、ユーザーが個人対個人でつながり、網の目のようなネットワークを形成する仕組みを、ピア・ツー・ピアといいます。個人のパソコン同士がネットワークでつながることによって、カセットやCDとは比べものにならないほど簡単に音楽ファイルを共有できるようになりました。 「ナップスター」や「ウィニー」といったファイル共有ソフトは、不特定多数のユーザー同士による自由な音楽ダウンロードを可能にし、著作権侵害を促進していること で、レコード業界などから訴訟が繰り返し起こされました。そんな音楽とデジタルテクノロジーの関係もクラウド化をきっかけに、変わってきたのです。これらの関係が「対決」から「蜜月」へと変化した様子をみていきましょう。

海外サービス最新事情

  2006年、アメリカで、大型CDチェーン店のタワーレコードが倒産し、業界に激震が走りました。(タワーレコードの日本法人はその際に経営陣がMBOを行って独立、現在はNTTドコモの子会社になっています)。 なぜ、業界最大手の名門ショップが倒産に追い込まれたのでしょうか?大きな要因として、アメリカのCDには定価がないという点が挙げられます。ユー ザーへの販売価格は小売店が自由に決めることができるため2000年以降、世界最 大級のスーパーマーケット、「ウォルマートが、中小のレコード店では真似できな いような ドル以下の低価格でCDを販売しました。CD販売による利益を出すのではなく、話題をつくることを目的に、客寄せの道具として使ったのです。ユーザーは スーパーマーケットでCDを買うようになり、タワーレコードは倒産に追い込まれたのです。その後、セレクトショップ的にレコードなどとともにCDを扱う専門店はありますが、タワーレコードの倒産を機にアメリカではCD専門の全国チェーン店はな くなり、スーパーでの安売りとアマゾンによる通信販売が主な流通経路になりました。
 アメリカでは2010年ころからCDの売り上げと音楽配信の売り上げが逆転していきました。
 そもそも、2000年代になって、レコード会社各社は、違法な音源の流布に頭を痛めていました。そんなタイミングでアップルの創始者スティーブ・ジョブズは、使いやすい合法的なサービスを立ち上げることで、売り上げを提供するとレコード会社 を説得し、コンテンツ配信サービス、「iTunes Music Store」を2003年に開始したのです。このサービスは、メジャーレコード会社と契約し、ランキング上位の人気の新譜な ど、数多くの楽曲を揃え、ユーザーから支持されました。お店に足を運ぶことも、郵送されるCDを待つこともなく、聴きたいと思ったときに、欲しい曲をダウンロードすることができるのです。音楽媒体も、CDプレイヤーから iPod に代表される携帯型デジタル音楽プレイヤーに変わりました。「iTunes Store」が、たちまちアメリカの音楽市場の主役になったのです。
 しかし2013年、音楽配信の売り上げは CD などのパッケージ商品の売り上げ の2倍になったものの、サービスを開始してから初めて前年に比べてダウンしまし た。原因は、ストリーミングサービスの普及です。1曲単位で自分の欲しい曲をダウンロードするという形から、聞き放題で定額課金のストリーミングへとユーザーの支 持は移っています。
 ダウンロード型音楽配信を牽引したのはアップルの「iTunes Music Store」でしたが、音楽ストリーミングサービスの主役は、スウェーデンで生まれたスポティファイというベンチャー企業です。アップルは、ダウンロード型音楽配信サービスで大きなシェアをとったために、次世代型のサービスである、定額課金型ストリーミングサービスに切り替えられずにいます。まさに「イノベーションのジレンマ」という、成功体験が次への変化の邪魔をする 典型的な例です。アップルもストリーミングサービスとして「iTunes Radio」をはじめていますが、その名の通り、iTunes の生態系を補完する iTunes Store の購入促進のためのツールとなっています。 年間、デジタル音楽市場 で主役であったアップルが、どう巻き返すのか、今後の施策が注目される中、 2014年、ビーツを 億ドルという高額で買収しました。それはビーツが高級ヘッドフォンメーカーとして成功を収め、音楽配信サービスをはじめてわずか4ヵ月後の ことでした。ビーツの経営陣がアップル社の幹部となったことで、ちまたでは、「アップル社は彼らを中心に新たなストリーミングサービスをはじめるのでは......」と噂されています。

世界中で急速に普及する 音楽ストリーミングサービス・ スポティファイ

 世界中でシェアを伸ばしている音楽ストリーミングサービス最大手のスポティファイは、2006年創業のスウェーデンの会社です。2014年10月にカナダでサービ スを開始したことで、サービスを提供している国は全世界で58 ヵ国となりました。CEOのダニエル・エクはもともとピア・ツー・ピアサービスの技術者でした。
 ピア・ツー・ピアが、レコード会社の敵だったことは前述の通りですが、スポティ ファイは、この技術を逆手にとって、ストリーミングで快適に音楽が聴ける仕組みを提供したのです。ユーザーは、パソコンやスマートフォンから、常時3000万曲以上を聴き放題。クラウド上に楽曲を置いて、聴きたいときにアクセスする仕組みで、 今までのように楽曲ファイルをダウンロードして保存させるのではないので、アクセスへの可否をコントロールするだけでいいのです。
 スポティファイの注目すべきポイントを4つ挙げましょう。
 まず1つ目は、違法または法的にグレーではなく、完全に合法な音楽サービスだと いうことです。
 ダニエルは、レコード会社の幹部に「音楽違法サイトをなくす最も有効な方法は、 違法サイトより便利で快適なサービスを提供することだ」と説いて、楽曲の許諾を認めさせました。スティーブ・ジョブズと同じ論法です。
実際、スポティファイの設立初期から、ユニバーサル・ミュージック、ソニー・ ミュージックエンタテインメント、ワーナー・ミュージックという大手音楽レーベル 3社(当時は現ユニバーサルのEMIも含めて4社)が出資しています。違法サイトをなくすために、レコード業界公認のサービスとしてはじまったのです。
 2つ目は、マネタイズモデルが「フリーミアム」ということです。フリー(無料サービス)とプレミアム(有料サービス)を組み合わせたシステムです。簡単な登録をするだけで無料のサービスを使用することはできるのですが、月額1200円程度の有料会員になると、広告がなくなり、一度聴いた楽曲は、オフライン でも聴けるようになります。ネットに繋がっていなくても聴けるストリーミングサー ビスというのは不思議な感じですが、ピア・ツー・ピアの一時データ(「キャッシュ」) の管理技術が優れているために可能になりました。もちろん有料会員をやめると、オフラインでは聴けなくなります。
また、1アカウントでは1台でしか同時再生できません。PCで再生している最中 に、スマートフォンで聴こうとすると、自動的にPCでの再生を停止します。スポ ティファイの優れたキャッシュ管理技術を感じます。
 楽曲の権利者に対しては、売り上げの約3分の2を分配し、サービス開始以、来権利者に支払われた総額は2400億円を超えたと発表されています。総売り上げを再生 回数で割り算して、再生回数に応じて、作詞作曲者やレコード会社、アーティスト等 の権利者に対して分配されているのです。
 3つ目は、SNSとの親和性の高さです。ユーザーは、スポティファイで音楽を聴いているとき、自分が気に入った楽曲を フェイスブックやツイッターで簡単に友人知人と共有することができます。
特にフェイスブックとの親和性は高く、フェイスブックの幹部社員が2010年の とあるカンファレンスのステージ上で「フェイスブック・ミュージックはすでにあ る。それはスポティファイだ」と爆弾発言したことが話題になりました。

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