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そのセリフが言いたい。

思わず言いたくなるセリフがある。

テレビなんかを観ていると「あれ!私も言ってみたい!」なんてセリフに遭遇する。
そしてその衝動に駆られる。

きっと私だけではないはず。(と、思いたい。)

名作の主人公の決めゼリフを始め、何気ないサブキャラの捨てゼリフ、もう様々な場面で番組で。

特に私は時代劇なんかは言いたいフレーズ山盛り。

「最早これまで!」
「なに奴!?者どもかかれぃ!」
「あい!分かった!」
「ゆめゆめ忘れるでないぞ。」

もう、グッとくる。
その気質は弟も同じらしく、昔小学生の頃、年末になると2日程に分けて時代劇スペシャルをやっていた。
その中でも私達、姉弟の心を鷲掴みにした「年末時代劇スペシャル忠臣蔵」での台詞。ラスト、赤穂浪士の処分についての幕府付き儒学者達の掛け合いの台詞。

「詭弁でござる!」
「詭弁ではござらんッ!!」

魂のこもった台詞。この議論で赤穂浪士の運命が決まるのだ。
私達の心の琴線触れまくり。もうジャンジャンと掻き鳴らさんばかりに。
もうこのセリフは私達姉弟の間で大ブームとなった。

35年ほど経った今でさえ、弟といる時、いきなり脈絡なく私が「詭弁でござる!」と言い出しても、必ず弟は「詭弁ではごさらんッ!」と役者さんばりに返してくれる。
もう、そうプログラミングされているかの様にだ。

私達は歳も近く読む本や映画など幼少の頃から共有しているモノが多いので、忠臣蔵のセリフの様に長年熟成されているものも勿論、されていないものでも基本的に対応可能だ。

ちなみに最近弟は、アニメ「一休さん」の奥の深さにご執心。

「そもさん!!」

「説破!」

特に彼はこのセリフがお気に入り。

私は週末、近くに住む弟とウォーキングをする習慣があるだが、ある日、弟はいきなり私の顔を見て「そもさん!!」と言った。
反射的に私は「説破!!」と叫んだ。

予告なしの掛け合いに弟はニヤリと笑い「さすが姉ちゃん。」と言った。

この掛け合いは禅問答に使われる言葉なのだが、「そもさん!」「説破!」が言われるからと言って、私達の間で禅問答が始まるわけでもない。


ただ、ただ、そのセリフが言いたいだけ。

あ。言っておくが、決してマゲモノ言葉ばかりではない事を追記しておこう。

こうやって、いきなり行われる小テストの様なセリフの掛け合いもするのだが「ここぞ!」という時にその名言を吐けるかという、腕を試される場合がある。

少し前、弟の家に用事で行った。
弟がインスタントコーヒーを淹れようとしてくれた際、手が滑りインスタントの詰め替え袋をひっくり返した。
粉を撒き散らし、落ちてゆくインスタントの袋。
私もスローが掛かるその光景を為す術なく見ていた。
その刹那、弟は  「南無三!!」と、叫んだ。

しかし、無常にも"モソン!"と、野暮ったい音を出してインスタントの詰め替え袋は空いた口を下にしてそのまま床に落ちた。

止まる空気。

私は思わず
「今の(南無三は)"ブラックジャック"と"一休さん"どっち?!」
と叫んだ。

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弟は力無くこぼれたインスタントの粉を片付けながら「…今のはブラックジャック…。」と呟いた。

こんな訳の分からないやりとりをする姉弟を見続けて22年ちょいの男がいる。

我が夫だ。
いつも私達のやりとりをアリーナ席で楽しむ様に、笑ったり感心したりしている。

夫と私は同じ歳。彼も私(達)同様、体験してきた世俗や趣味や笑いのツボ、趣向のベクトルも同じ。

だが性格は正反対だ。

私はガチャガチャしているし、面白いと思ったら堪らずついつい言ってしまうタイプ。

反対に夫は進んで「面白い事を言ってやろう!」と、いうタイプではないし、たまに何か言い出したとしても、親父ギャグか、大喜利の様な事を言っている。
そんな夫でも言いたいセリフがあるようで、誰かに聴かせる訳でも無く、何かの折にポツリと呟き一人でフフッとなっている。

まぁ、趣味、趣向は同じなので元ネタや何を言いたいのかはよく分かるので耳に入った時には一緒にフフッとなっている。夫も満更ではない様子。

ある夕食後、夫と息子はリビングで寛ぎ、私はテレビを見ながら片付けをしていた。
息子が何気なくチャンネルを変えようとしたので、「あー。今観てる。変えないでー。」と、言った直後、夫が突然

「チャンネルはそのままダック!!」

と、聞いたこともない言葉を勢いよく言い出した。

「ナニソレ?!」

「…え?"わんぱくダック夢冒険"ってアニメ知らん?」

夫は"意外!!"みたいな顔をしてこっちをみた。
タイトルからして、海外アニメの様だ。

私達の小さいの頃は、子供の多い世代だったからか、夕方地方ローカル局では"トムとジェリー"など、海外アニメが盛んに放送されていた。
その頃辺りかと、脳内検索機に検索を掛けるも出てこない。

「…それ。いつのアニメよ?」
「えー。中3とか高校あたり?」

流石にその歳でそんな可愛らしいタイトルのアニメは観てなかったわ。

どうやら話を聞いていると、全国ネット番組でディズニーのスクルージという金儲けの好きなアヒルと、その仲間のアヒル達のお話らしく、CMに入る時のアイキャッチに「チャンネルはそのままダック!」と言うらしいのだ。

夫がなぜそんな可愛らしいアニメを観ていたのかは、語ってくれないので理由は不明。
単にTVが付けっぱなしで何となく観てたのか、進んで観ていたのかも分からない。

ただ、夫が進んでこんなファニーでキュートなセリフを言う事にひたすら驚いた。

そして、つい先日のこと。

理由は分からないが、テレビの受信状態が急に悪くなった。
そして、次の日には全く受信出来ない状態になりテレビは映らなくなっていた。
色々調べ、素人ができる対処方を試すも全く回復せず。
藁にもすがる様に受信スキャン(チャンネル自動設定)を何度かトライしてようやく1局だけ表示が出た。

が。

何故か隣の県の地方ローカル局一局のみ。
何故か一番近いはずの自分の県の地方ローカル局は映らない。

電波ってどうなってんの。

仕方なく、電気屋さんに電話をし「最悪の場合、お幾ら位ご用意させて頂いたら良いですか?」と聞くと、結構なお値段を言われ凹んだ。

これから年末に向かって物入りの季節。
我が家に必要なものだけに仕方ないのだが、キツい金額。しかも、電気屋さんが来るのは一週間先。テレビなんて去年買い替えたばかり。
イライラした。

やるせ無さに、唯一映る隣の県の地方ローカル局から他のチャンネルをポチポチと押す。
当たり前なのだが「チャンネルを設定してください。」と無常なメッセージだけが表示される。

隣県地方ローカルから延々と流れる、時代劇と通販番組のリピート。たまに韓国ドラマ。
嫌なら観なきゃいいのに、"遠山の金さん"を視聴した。
折角の時代劇もイライラしてグッとくるセリフなんて入ってこやしない。

そして時折、思い立った様に受信スキャンをし、チャンネルをポチポチし、相も変わらず1局しか映らないない状況に落胆する私。

そんなわたしの姿をみて夫は強めに、高らかに、こう言った。

「チャンネルはそのままダック!!」



追記:何でか分からないけれど、昨日テレビは無事復活しました。





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