「視聴者には分からない」時代ではない

TBS『アトムの童』が残り１回の放送というところまで来て、いよいよ盛り上がってきました。けれども僕はここまで毎週この番組を見てきて非常に大きな危機感を覚えています。

ゲーム開発、インターネット、経済関係の法律、株主総会の進行、検察や警察の動きなどなど、素人目で見ても「それはないやろ」と思うことが多すぎませんか？

いや、設定が甘い、あるいは不正確なドラマはこれまでもありましたし今現在もあります。調べずにうっかり書いてしまったのではなく、意図した設定の場合もあります。SF的な作品なら許される幅も広がるでしょう。でも、これは今の日本を舞台にしたリアルなドラマじゃないですか。

それを考えると、このドラマには「いくら何でも」と思うところが多すぎると思うのです。これほどまでに多岐に渡って現実に反する設定に溢れ、無理な進行が続くドラマがあったでしょうか？ どこかが現実と違っているというレベルではありません。

確かにストーリーとしては面白いのですが、僕はそこに何か奢りのようなものを感じてしまうのです。

つまり、「視聴者はそんなこと分からねえよ」「誰もそんなこと気にしちゃいないよ」みたいな、昭和の時代にはなんとなく許されてきてしまっていた「展開さえ面白ければ良い」という制作マン気質みたいなものを感じてしまうのです。

皆さんはそんなことないですか？

ええ、確かに今だって基本的に視聴者はそんなこと分からないし、誰もそんなことは気にしていないのかもしれません。ただし、それは最初だけです。──そう、昔みたいに視聴者が知らないままでは終わらないのです。

昔のドラマ制作はある意味気楽なものでした。

一般人は知り合いにゲーム作家なんかいないし、法律の専門家と話をする機会もありません。もしそんなことを調べようとすると専門書を買うか図書館に行くぐらいしかありませんでした。でも、たかがテレビ番組のことでそこまでやる人はいなかったでしょうし、仮に専門書を読んでみたとしても、自分ひとりの頭では難しくてよく分からなかったでしょう。

しかし、今は昔と違ってインターネットがあります。Google もあれば Wikipedia もあります。そして、専門家を含むあらゆる人たちが twitter などのソーシャル・メディアで繋がっているので、おかしなところがあればそれはすぐに指摘され、すぐに広まってしまいます。

このドラマにおいても、例えば、主人公が制作中のゲームのデータのバックアップを取っていなかったとか、銀行が担保に取っていた株を勝手に別の会社に売っていたとか、そんなことに対して「ありえない」とか「日本の法律では間違いなく犯罪行為ですよ」などという書き込みが放送直後からありました。

だから、昔のように「展開一辺倒」では押しきれないのです。いや、今はむしろ展開一辺倒で押し切らないのが、ドラマ作りの、ある意味良心なのではないかと僕は思うのです。

実際のゲーム制作の現場はどんなものなのか、PC やインターネットにはどんな機能があるか、銀行業務はどんな風に運営されているのか、経済活動はどんな法律で規制されているのか、日本の検察や警察はどんな動きをするのか、株主総会はどういう手順で進行するのか等々、もっともっと地道に情報収集をしてから、そこから大きく外れないように心がけながらストーリーを進めるべきなのです。

フィクションの世界だから、現実を離れた展開があるのはある程度許されるでしょう。でも、これだけいろいろなことを無視して進められると、さすがにマズイと思うのです。視聴者は自分たちがバカにされたと感じるのではないでしょうか？

自分たちをなめてかかってバカにするような作品を、令和の視聴者は喜びません。

逆に、例えば有名ゲーム作家や法律の専門家などが、「自分たちが見ても感心するほどよく調べてドラマを作っている」などと言ってくれて、それが一気に拡散されるようなドラマこそが名作とされるための最低条件ではないでしょうか？

こんなドラマを作っていては TBS が危ない、などとは言いません。日本のテレビが危ないと僕は思います。

もちろん、ここまで見たからには最終回は見ますけどね。でも、それとこれとは別の問題です。次の作品やその次の作品まで「持つ」とは考えないほうが良いと思います。

もう視聴者には分からない時代ではないのです。「そんなこと別にいいだろう」で済む時代ではないのです。

『アトムの童』のことだけを言っているのではありません。全体的に視聴者のあり方が変容してきているのです。それに気づかずに、そのことをしっかり認識できないまま作り続けていると、本当に日本のテレビは危ないと思います。