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映画の見方──カメラの動きを意識してみる

私は自分が観た映画の評を自分のブログにこつこつと書き溜めています。

私の書いた文章は、なんか、時として偉そうに見えるらしいのですが、決して教えてやるとか自分の見方が正しいとか、そんなつもりで書いてはいないので、もしそんな風に見えたらゴメンナサイ。

そう、映画やドラマの見方に良いも悪いも正解も不正解もなくて、みんながそれぞれ好きな見方、感じ方で見れば良いと思っています。

ただ、ひとつだけ言うと、映画は映像芸術なのだから、スジを追うだけではもったいないなあと思っています。

文章や音声ではなく、せっかく映像で語ってくれているのだから、映像表現の面白さを、特にまだあまり本数を観てきていない若い人たちには、できるだけ学んで楽しんでほしいなと、いつも願って書いています。

例えば、近いところの例を上げれば、(これは映画ではなくてテレビドラマですが)一昨日(2021/10/22)放送されたTBSの金ドラ『最愛』の #2 で、殺人の嫌疑をかけられている梨央(吉高由里子)が、元カレで今は刑事になっている大輝(松下洸平)に、証拠となるお守りの写真を突きつけられて、「これに見覚えは?」と問われるシーンがあります。

このお守りはかつて大輝が梨央に送ったもので、そこには大輝の筆跡で書かれた文字が写っています。

現時点ではこの殺人が誰によって行われたのかをドラマは明らかにしていませんので、梨央が真犯人なのかどうかは分かりません。ただ、梨央はそれを突きつけられてドキッとします。

その時のシーンが梨央の顔ではなくて、一瞬ピクッと動いた梨央の指先のアップなのです。

凡人の発想だと、ここで映すべきは梨央の表情です。ドキッとした表情を撮ろうとするはずです。視聴者はそれを観て、「あ、やっぱり梨央が犯人か」とか「いや、これは昔の恋を思い出して動揺しただけなんじゃないか」とかいろんなことを考るのです。

それをこのドラマの演出家は吉高由里子の表情ではなく指先を撮りました。何故でしょう?

顔には表すまいとしても、指先で反応してしまっということを表現したかったから

あるいは

ここで梨央の表情を見せることによって真犯人が誰かを視聴者に下手に推理させたくなかったから

あるいは

単により繊細な表現を求めたから

等々、いろいろ考えられます。どうです? 楽しくないですか?

我々は役者の表情までは誰でも追いかけます。でも、できたらその先に、カメラの動きというものを意識して想像してみるともっと面白くなります。

2人の人物が向き合って話している時にそれをどんな風に撮るか?

・ 真横から2人の人物をカメラに収める
・ 喋っている人物のアップをひとりずつ押え、話し手が変わるたびにカメラが切り替わる
・ 一方の役者の背後から映して、ひとりの役者の顔ともうひとりの役者の後頭部を撮る

等々いろいろ考えられます。何故監督はこのカットを選んだのだろうと考えてみたら面白くないですか?

撮影の仕方にはいろいろあります。そして、どれだけ意図的、意識的かは別として、演出家やカメラマンは何かを考えてそのカットを選んでいるはずなのです。

あるシーンを撮る時に、構図を次々に切り替えて映し出すか、1台のカメラでずっと追いかけ続けるか?──そういうことでも印象はかなり変わってきます。

カットを次々に切り替えるとテンポが速まりスピード感が出て、ドラマの内容によってはドキドキ、ハラハラ感を強めるような効果も出せます。

それに対してカットを割らずずっと1台のカメラで撮った映像は、我々が普段何かを見ている感覚に近く、自然です。そして、役者の側はちょこちょこ分けて撮るのではなく、ひとつのシーンを一気に撮るので、緊張感を維持したまま集中した演技ができます。もちろんちょっと間違えるとまた一から撮り直しになるので、役者もスタッフも大きなプレッシャーを負うことになりますが…。

ひとつのシーンをカットを変えずに1台のカメラで撮り切ることをワンシーン・ワンカットと言います。所謂「長回し」というやつで、多くの監督さんがこの手法を取り入れています。それで遊びまくったのが上田慎一郎監督の『カメラを止めるな!』でしたよね

他にも有名なところでは、古くは亡くなった相米慎二監督が長回しの名手と言われました。廣木隆一監督もそうです。最近では今泉力哉監督もひとつの映画に1箇所ぐらいは必ず長い長い長回しがあります。

また、同じ長回しでも固定のカメラでずっと同じ構図で撮り続ける場合もあれば、役者が動き回ったり、あるいは途中で入れ替わったりするのをカメラも動きながら追っかける、非常に動的な長回しもあります。

役者が同じ台詞を言って同じ演技をしたとしても、どんな風に撮影するかで、我々観る側の印象は変わってくるはずです。

・ 何故ここでは役者の表情も確認できないような引いた画(遠景)にしたのか?
・ 何故ここでは真上からの映像を挟んだのか?
・ カメラが止まっているのとゆっくり動いているのとではどんな風に印象が変わってくるか?
・ 少し距離を空けて2人の出演者がタテに並んでいるとき、カメラの焦点は手前と奥のどちらの人物に合わせてあるか? そして、その焦点は途中で切り替わったりしているか?
・ あるいはひとりの人物を撮る時、その背景はくっきり映っているか、それともぼかしてあるか?
・ ひとりの人物を映す時、カメラはやや下から撮っているか、やや上から撮っているか?(それは対面している人物の背丈や姿勢に合わせてあるはずです)

──そんなことに気づいて、そんなことを考えながら観ると、映画やドラマはもっともっと楽しくなると思いませんか? 私はいつもそう思うのです。

いや、そんな面倒くさいことを考えながら観ていると集中できない。スジを追うことと役者の表情に集中してドラマを観たい、とおっしゃるのであれば、無論それもアリで、基本的にどんな見方をするのも自由だとは思いますが ──。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

そんなことも加味して私が選んだのは以下のような映画でした(note 記事):


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