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東京国際映画祭の吉田恵輔監督作品 その2『BLUE ブルー』

10/30 に始まった #東京国際映画祭 にちなんだお題企画 #映画感想文 に乗っかる形で、昔、ファーストランの時に見て自分のブログに書いた記事に少し手を入れてここに転載します。

取り上げたのはいずれも東京国際映画祭で上映される吉田恵輔監督の3作品です。第2弾は『BLUE ブルー』。

BLUE ブルー

【2021年4月13日 記】 吉田恵輔の監督作品はここまで全部観てきたが、いくつかの彼の作品では、ラブコメだと思って観ているとある時点から突然スプラッタ・ホラーに一変したりする面白さ/怖さがある。

今回もそれを期待して観に行ったのだが、しかし、今回は最初から最後までボクシング映画だった。

(今回、結末には触れていませんが、途中まで割合細かくストーリーを紹介しています。 #ネタバレ は一切許さない!という方は、ここで読むのをやめてください)

何故こんな映画を撮ったのだろうと不思議に思ったのだが、終わってからパンフを読んで分かった。吉田監督は中学2年からずっとボクシングをやっているのだそうだ。アマチュアとは言え30年も続けている正真正銘のボクサーである。そして、かなりのボクシング・マニアでもある。

今回、脚本・監督だけではなく殺陣指導も自ら行い、ボクシングのシーンは全てのコンテを自分で書いたと言う。それほどの人だから、ボクシングのシーンは極めてリアルである。

でも、この映画は、劣勢に立っていた挑戦者が努力と根性で逆転勝利するような物語ではない。

試合が終わってロッキーがどうなったのか心配で、ロッキーの名を叫びながらごった返す観客の中をエイドリアンが逆走して行き、彼女の帽子が脱げて、それが真上からのカメラで点景になる──というような終わり方をする映画でもない。

登場するボクサーは3人。

・ 才能があって徐々に戦績を積み重ね、ついに日本タイトル挑戦目前のところまで来た小川(東出昌大
・ 小川の先輩で、何度試合に出ても負け続けているのに、ボクシングが好きでずっと続けている瓜田(松山ケンイチ
・ 女にモテたくて「ボクシングやってる風のことを教えて下さい」と入門してきた楢崎(柄本時生

この3人の三者三様のボクシングに対する思いと態度が描かれる。

僕は最初、東出昌大が主人公なのだと思って観ていたのだが、途中で、そうか、この映画で一番スポットが当たっているのは松山ケンイチなのだと気づいた。エンディングのキャストでも、松山がトップ、東出が“留め”だった。

瓜田は試合に負けても荒れ狂ったり落ち込んだりはしない。「回復力だけが僕の取り柄ですから」と飄々としている。ジムではコーチを兼ねていて、その指導は冷静で、的確で、かつ愛情がある。

でも、神様みたいな存在ではない。ひとりっきりになると頭を抱えてうなだれているシーンもあるし、随分前に勝った時にどれだけ自慢げでウザかったかというエピソードが小川の台詞の中に出て来たりもする。

小川の彼女の千佳(木村文乃)も、元はと言えば瓜田が小川に紹介したのであって、明示的に描かれてはいないが、瓜田が大昔から今に至るまでずっと千佳に思いを寄せているのは見え見えである。

千佳は気づかないフリをしながら、自分と小川の親友としての瓜田に頼っている。小川も瓜田の気持ちに気づいていて、「この試合に勝ったら千佳と結婚しようと思ってます。いいですか?」などと言う。

それでも、切ない気持ちを精一杯うまく泳がせながら、瓜田はボクシングと同僚/後輩に対する思いをずっと維持し続ける。

一方、小川は殴られた後遺症なのか、時々記憶が飛んだり、喋っていて呂律が回らなくなったり、激しい頭痛に襲われたりして、明らかに危機的な状況にある。でも、千佳がいくら心配しても、タイトル戦を目前にしてボクシングをやめたりはしない。

千佳は思い余って瓜田にも相談するが、瓜田も「こんなチャンスを前にやめろなんて僕からは言えない」と言う。

また、楢崎は、ちゃらんぽらんな動機で始めたものの、少しずつボクシングの魅力に嵌っていく。痛いのはいやだからと、最初はスパーリングさえ逃げていたのが、いろんなきっかけがあるたびに前向きになって行く。

この辺りもひたむきで切ない。

パンフを読んだら、映画評論家の轟由紀夫が巧い表現をしていた:

吉田恵輔は、一貫して人生の「ままならさ」を描き続けてきた監督だ。

と。まさにそのとおりである。そして、この映画においても、そのままならさは丹念に丹念に描かれている。

タイトルの BLUE はタイトルマッチにおける挑戦者側のコーナーの色を表している。そう、これは強い側ではなく弱い側を描いた映画なのだ。

恐らく吉田監督の長年の夢が実現した作品である。そして、こういう描き方こそが、吉田恵輔の揺るぎない視点なのである。

松山ケンイチがとにかくもうべらぼうに巧くて、なんとも言えない寂寞感を漂わせながらも一途な生き様を見せてくれる。

限りなく余韻の深い映画だった。

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