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下手になったベテラン歌手のように

若かった頃に大好きだった歌手っていますよね?

自分にとって憧れの的だったそんな歌手がテレビの懐メロ番組に出ているのを観るのはなんかうら寂しい気持ちになったりするもんですが、それだけではなくて、その歌手が年老いて歌がとても下手になっていたらどうでしょう?

そういうことってありますよね? 悲しいですよね? 淋しいですよね? ここで具体名を何人か挙げたら、きっと皆さん「そうそう!」と頷いてくれると思うのですが、なんか一段と淋しさが増しそうなのでやっぱりやめておきます。

もちろんそういうことは昔から何度も繰り返されてきたことなんでしょう。

僕が小さい頃から懐メロ番組はあったし(いや、むしろ昔のほうが多かったし)、歌が下手になった往年の人気歌手も多分出演していて、そういう人たちを僕も見てきたはずです。

しかし、僕が小さい頃に聴いたベテラン歌手たちは、例外なく僕が若い頃を全く知らない人たちです。自分の人生や生活には何の関係もない時代に何の関係もないところでヒットを飛ばしていた人たちなんです。その昔はどんなに歌が上手かったかも知りません。だから何のショックもなかったわけです。

ところが、最近「ああ、この人、なんでこんなに歌が下手になっちゃったのかな」と思うのは、自分が若かった頃のスーパースターだったりスーパーアイドルだったりするわけです。その落差は如実に痛々しいじゃないですか。

声量が落ちたり、音程が悪くなったり、リズム感がなくなったり…。張りのあるロングトーンがあんなに気持ちよかった人がどうしてこんな発声になってしまうのか、聴いていてこちらが苦しくなります。

昔からあまり上手くなかった人が年のせいでさらに上手くなくなるのは仕方がありません。仕方がないとは言え、昔から低かったレベルがさらに低くなると、もはや聴くに耐えなくなってしまいます。

その点、抜群に上手かった人は少し下手になってもまだ聴けそうなものですが、しかし、現実には逆なんですよね。上手かった歌手のほうが、明らかに聴くのが辛くなるのです。

上手かった記憶が鮮明に残っているだけに、却ってそのギャップが絶望感を膨張させてしまうのでしょうね。

しかし、それにしても、どうしてこんなに下手糞になってしまったのにまだ歌うのでしょう?

もちろん生活のためということもあるでしょうが、それにしても自分の実力がどれくらい落ちてしまっているのかを、この人たちは把握できていないのでしょうか?

ひょっとしたら自分では気づいていないのかもしれませんね。年を取れば耳だって多少は悪くなるでしょう。日常生活では何の問題もなくても、プロの歌手として自分の声をモニターしながら音程を維持するには少し支障を来すのかもしれません。

それとも、自分でも「声が出ないな」などとうっすら気がついてはいるものの、それが一般聴衆の耳にどんな音で届いているかが実感できないのかもしれません。自分の想像を超えて実力が減衰してしまっているということなのでしょうか。

あるいは、過去の栄光が、現在のそんな自分を認めさせまいとする、なんてこともあるのかもしれません。

そんなことを考えていて突然、ははあ、これだな、と思い当たりました。

それと同じことが大企業でいつまでも社長や会長の席にしがみついて退かない大御所の中で起きているのだな、と。

彼らは自分がまさかそこまで歌が下手になっているとは、まさかそこまで仕事上の判断がトンチンカンになっているとは気づいていないのでしょう。

本当は自分自身で気づくべきことなのに、余計なプライドが邪魔をするのかもしれません。

誰かが教えてあげるべきだ、というのはその通りですが、下手に教えて逆ギレされてはたまりません。

だったら、理想的には「俺、歌唱力かなり落ちたかな?」「仕事上の判断が鈍ってきたかな?」と訊けるような少し年下の仲間を早くからそばに置いておくべきなのでしょう。

問われた相手が「正直に答えますと、私が知っている若かった頃のあなたと比べたら、明らかに落ちていると言わざるを得ません」などと、表現は幾分控えめに、しかし、伝えるべきことははっきりと伝えられたら、そんな年下の、信頼できる仲間を自分の傍らに置いておけるなら、それが理想型だと思います。

そして、本当に優秀な指導者は、現にそういう年下の仲間がそばにいて、彼らといろいろ話す中で自分の引き際を悟ってきたのではないだろうか?という気がします。

大変申し訳ないですが、あなたたちはもう歌わなくて良いです。僕は昔買った CD を聴き直すことにします。

大変申し訳ないですが、あなたはもう要職から退いてください。そういうのを老害と言うのだろうと思います。

あなたの場合は往年の人気歌手の CD のような、過去の栄光を再確認できる有形の記録は残っていないでしょうから、もしもどうしてもそういうものを望まれるのであれば、会社の裏庭かどこかに小さな銅像でも建ててもらっては如何でしょうか。

ただし、大きいと場所を取るので、位牌ぐらいの大きさにしておいてくださいね。

ひょっとしたらその前で誰かが手を合わせてくれるかもしれません。

どうか成仏してくださいますように。

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