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日本一無名な島根が異世界に行ったら世界一有名になった話 21

島根で起きた地震とそれに伴う地形変動。
それらについてどう対処するかという会議は四時間以上にわたって続いた。
長時間の会議に疲労困憊といった表情を浮かべながらとぼとぼと退出する議員たち。
始まったときに傾きかけていた太陽はとっくに沈み、あたりは深い闇に包まれている。
非常事態であるという点において行動が速いに越したことはないが、さすがに彼らも人間である以上さすがに休息はとらねばならない。
未だ有効な解決策がないというのは彼ら自身歯がゆいだろうが、ひとまず今日のところはいったん退庁し、明日改めて会議を開くということになった。
島根で起きた現実感のない状況に未だ実感がわかない面持ちの議員たち。
たとえ帰宅したところで安心して眠れるかは定かではなかった。

とはいえ会議にまったく進展がなかったわけではない。
長時間話し合っただけあって、これからやるべき最低限のことは決定した。

まずは各地の県境における調査の強化。
現状において県東部だけでなく西部においても大規模な地形変動を伴う地震が発生したことが報告により明らかになっているが、具体的にどれだけの範囲で起きているのかいまだに不明だ。
道路が崩壊しているゆえに移動は困難であるが、この異常がもっとさきの鳥取市や山口市、さらには広島方面まで続いているのか、明確にしなければならない。
そのために警察や自衛隊を総動員し、周囲の安全を確保しつつ地形変動を起こしている地域の内部まで調査するというのが一つ目の決定事項だ。

そして次に県民への発表について。
今日のお昼ごろに地震が発生したというのはすでに多くの県民が認識している。
その一方で広範な通信障害も相まって県境での出来事は近隣の一部の住民しか知られておらず、県境から離れた地域や県中部においてはあくまで深刻な通信障害という位置づけになっている。
もちろん人づてに情報は伝わるし、災害発生から八時間以上経過している現在においては少しずつ県民の間で噂として広まっている部分もある。
だが噂を放置するのは時として危険だ。
悪質なデマに惑わされる人もいるだろうし、そうなったときの民衆は手が付けられない。

そのため明日のお昼ごろに、それまで収集した情報をもとに公式声明を発表することとなった。
そのためそれまでに情報を精査し、災害対策本部が何をどう伝えるのかをしっかりと見極めることになった。
もちろん情報が不十分なことは承知の上だが、間違った情報で塗り固められる前に正しい情報を流さなければならない。
民衆のパニックを防ぎ、なおかつ行政が適切な対処をしているということを周知するうえでも声明は必要だと考えられた。

また県外との物資輸送が途絶えている中、県が蓄えている災害用の非常備蓄を一部開放することも決まった。
食料などの生活必需品の不足は混乱を招きかねない。
そのような事態を防ぎ、本格的な事態の打開に移るまでの間、そういった措置が取られることとなった。

このように有事のさいに取られる基本的な対応を網羅し、現状とることのできる手段を選択したというのが会議の結果である。
このように今日の会議はひとまず終わったわけではあるが、もちろん誰もこの内容だけで満足はしていない。
まだまだやるべきことはあるだろうし、これから調べなければならないことは山ほどある。
皆これからどうするか、どうすればいいのか、不安はぬぐえなかったが、少なくとも明日を待たねばならないというのもまた事実であった。

夜が明ければ新たな情報が入ってくるかもしれない、通信も復旧し県外の自衛隊が駆けつけてくれるかもしれない。
そもそもこれは悪い夢であって、目が覚めればなにもかも元通りになっているかもしれない。
そんな希望的観測が皆心のどこかで渦巻いていた。
寺山も例外ではない。
現地に赴き肌で感じた異変。
明らかに異質ともいうべき現象。
そのような不可思議に遭遇したにもかかわらず、どこか夢見心地で冷静だった。

寺山はほかの議員たちに遅れつつも退庁する。
有事ということもあっていつもより少しだけ明るい本庁舎。
この状況で夜勤の職員に任せて知事である自分が退庁するのは気が引けたものの、彼らの言葉に甘える形で帰路に就く。

『明日は今日より忙しくなりますよ。だからしっかり休んできてください』
共に働く職員の声が脳裏に木霊する。
寺山自身その確信はあったし、しっかり休んで無理をしてはいけないという職員たちの言葉は納得せざるを得なかった。
ひょっとすると明日以降しばらく家に帰る余裕もなくなるかもしれない。
それならある程度持っていく荷物をまとめたほうがいいかもしれない。
そんなことを思いながら、車を走らせる寺山。

夜の松江、秋の涼しい風の中寺山を乗せた車は進む。
まばらな街灯にたびたびすれ違う対向車。
今までの心労が嘘のようにありふれた夜道。
毎日見ているいつもの島根がそこにあった。

今日の出来事はすべて夢なのではないか、だとしたら早く目覚めてしまいたい。
寺山はふとそう思う。
夜の暗さと点在する町明かりが幻想的な色合いを生み出す街並み。
県境の向こう側は夢か現か、それは彼にもわからない。
だがそれを夢だと願う気持ちとは裏腹に、夜の闇は彼を夢の中へといざなうのであった。


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