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数値化と言語化

スポーツ精神科医の木村好珠さんのツイート。

《数値としての見える化ではなく、言語としての見える化》という言葉にハッとする。

人に何かを伝えるときのプロトコルとして、「数字ではなく言葉を大切にする」という考え方を目にすることが多い。

たとえば、人事評価におけるノー・レイティング。ノー・レイティングはその語感から、「評価をしない」と誤解されがちだけど、そうではなくて、実際は「ちゃんと評価する」ことだと僕は捉えている。GEの例がそれを端的に表してる。

谷本:まだこのパフォーマンスデベロップメントとノーレーティング制度を導入して1年しか経っていないんですけど、実際に自分も昇給プロセスをやってみて、1人の社員のパフォーマンスに対する対話のやりとりがものすごく増えたんですね。

曽山:そうなんですね。

谷本:それはすごくいいことと感じています。今までだったら、「うーん……この人Aだよね」「いや、B+かな」みたいな会話でした(笑)。

曽山:なるほど、グルーピング。

谷本:そんな簡単な会話だったものが、「いや、彼、彼女はこんなことをした」「こんなふうに周りから感謝されている」「こういうポテンシャルがある」を、ちゃんと言葉にするようになったんですよね。

曽山:より深く話せるようになった、と。

人事評価は「スコア化より言語化を」個人のパフォーマンスを上げるため、GEが導入した昇給プロセス

人事評価というのは、その人の一年の働きに対して、企業が何かしらの価値判断を行うものだ。一年という膨大な時間に対する価値を、AとかBというたかだか数種類の数値に写像できるのだろうか。バリエーション豊かな言葉でもって、《「いや、彼、彼女はこんなことをした」「こんなふうに周りから感謝されている」「こういうポテンシャルがある」》と《ちゃんと言葉にする》ことがすなわち、「ちゃんと評価する」ことだと思う。

「数字ではなく言葉を大切にする」のもう一つの例が、研修評価だ。研修評価というと、「研修の効果を客観的に示す」という幻想(?)に多くの人が囚われて、受講後アンケートの結果(数字)をいかに分析して見せるか、ということに時間を費やしてしまうことも多い。それに対するアウフヘーベンとして、数字と言葉を組み合わせた「混合評価」という研修評価方法が提案されている。

混合評価の要諦の一つは、定量的なデータだけでなく、定性的なデータを組み合わせる点にあります。

まず、 定量データとは、数字で表現されるようなデータです。客観的に見えやすく、データの扱い方が容易であるところが特長です。集団同士の比較や、時系列の変化を把握するのにも向いています。

一方、定性データとは、いわゆる聞き取りやヒアリング、インタビューといった手法で収集される、言葉で表現されたデータのことをいいます。こうしたデータは迫真性・説得力に富み、数字よりもクリアに、現場でどのよう
な実践が行われているのかをステークホルダーに伝えることができます。

混合評価では、これらの異なるデータをブリコラージュ(組み合わせ)」します。

研修開発入門 「研修評価」の教科書 「数字」と「物語」で経営・現場を変える

《迫真性・説得力》というのは、人に何かを伝えるときのプロトコルとしては強力なものだ。数字の分析だけでは難しかったそういった部分を、言葉でもって補っている。実際に研修評価に携わる者としても、実務上の悩みに答えてくれる、納得できる考え方だ。


「数字ではなく言葉を大切にする」という考え方を目にすることが多いのは、実のところ、自分がそう考えている(信じている)からなのだろう。


僕の仕事は、人材育成や組織開発の観点から現場に何らかのはたらきかけを行うものだ。そのときに大切なことは、現場の人たちと信頼関係を築くこと、さらに、はたらきかけによる効果を彼らに実感してもらうことだと思っている。信頼関係がないと何も始められないし、自分たちで効果を実感してもらわないと何も続けられない。

現場にはたらきかけるとき、「数字を見せて」と言われることは多い。僕も数字というプロトコルを否定するつもりはないので、見せることは見せる。ただ、「見せたからOK」と安心してはいけないし、「どんな数字を見せるといいのか」という表面的な改善に走らないように気をつけている。

数字を求められるということは、まだ信頼関係が築けていないし、まだ現場が効果を実感できていないと僕は考えているから。数字というのは(言葉に比べて)、「ぱっと見わかりやすい」そして「ちゃんとしてるっぽい」プロトコルだ。だからこそ、僕と現場の間の関係性が薄くても、出せてしまう。なにせ「このアンケートに答えてください」とお願いして、出てきた結果を集計するだけなわけだから。「数字を見せて」という言葉を聞くと、「あ、まだ距離があるな」と反省する。

現場との信頼関係や、彼ら自身による効果の実感という文脈で「数字ではなく言葉を大切する」を再解釈すると、「言葉をやり取りするだけの関係性を育む」ということなのかもしれない。GEのノー・レイティングの話でも似たようなことが言われている。

谷本:それはあります。あと、パフォーマンスベースのカルチャーなので、「誰がどういったパフォーマンスをあげているのか」「リーダーシップをどれだけ発揮しているか」、それはレーティングこそ付かなくても、会議の中でディスカッションされてるんですよね。

曽山:そうか。レーティングというスコア付けというか格付けじゃなくても、成果を出してる人かどうかっていうんだったら、例えば順番付けたりとか、そういったこともできる。

谷本:そうです。そのディスカッションされてる内容を、ちゃんと言葉にして本人に伝えてあげることのほうがレーティングを伝えることよりもずっと有意義では、というのがなくした意味なんですよ。

人事評価は「スコア化より言語化を」個人のパフォーマンスを上げるため、GEが導入した昇給プロセス

現場と、ちゃんと言葉にする時間や関係性を作れているか。そういった時間や関係性は、信頼関係の何よりの証だし、そこで話された言葉を、今度は彼ら自身が語り継いでくれることが、効果の実感や取り組みの継続につながる。「数字ではなく言葉を大切にする」ことは、伝え方のテクニックを超えて、僕の仕事のあり方を表しているのだと思う。

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以下、関連記事たち。

「数字を見せろ」と同じくらい苦手な言葉が「責任を取れ」です。悲しいかなそこに相手との距離を感じるから。

「でも、言葉にするって大変じゃないですか?」 そう、そのとおり。言葉にするって大変。でも、その大変さと得られるものとを天秤にかけてくれる人を増やしたい。

「言葉を大切にする関係性」というのは、その関係性を作るためのテクニックの話というより、そういう世界線を生きたいかどうかという選択の問題だと思っている。



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