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「オンライン研修も2年目になって安定してきたな」と思ったときに、思い出したいこと

2019年7月にFacebookへ投稿した文章を加筆修正のうえ転載

私は自社で、新人研修の全体デザインに携わるのと同時に、その中で実施するロジカル・シンキング / プレゼンテーション / ドキュメンテーションの研修企画/講師も担当しています。

2020年4月にそれら研修コンテンツを突貫でオンライン化しました。

当社は4、7、10月と入社タイミングが3回あるため、それにあわせて新人研修も年3回行っています。4月にはてんやわんやだった私の研修も、7月、10月と繰り返すことで、かなり安定して実施できるようになりました。

そして迎えた2021年4月。2020年の3回の試行錯誤と、そこでできた貯金を活かして、さらなる安定/安心のうちに実施できています。

そんな今だからこそ、2019年5月のこの記事をあらためて読み返す。

研修やワークショップというものは、たいてい、改善をほどこすごとに、学習が進み、効率はあがる。しかし、同時に、「野生」を喪失してしまいがちである。

あなたの企画は「洗練」されすぎて「野生」を失っていませんか?

研修という営みは本来、「誰に」「何を」「どのように」教えるのかというふうに定式化されそうなものです。

それも一理なのですが、実際のところは記事にあるように、〈誰が〉教えるのかという要素が横たわっています。教える側からにじみ出る、《勢い/パッション/ノリ/思い》という無形の構成要素が、教育効果に対して間違いなく(正負両面の)影響を与えます。

《2020年の3回の試行錯誤と、そこでできた貯金を活かして、さらなる安定/安心のうちに》オンライン研修を実施している〈私〉は、教育効果に対して正の影響を与えているのか?と自問自答すると、いろいろ考えさせられるところがあります。

学習を駆動させる力学というのは、「受講者コンテンツ」という人間-非人間インタフェース(どんなコンテンツを作るべきか?)のなかだけに存在するのではなくて、「受講者と講師」という人間-人間インタフェース(どんな関わりを持つべきか?)のなかにも存在します。(なお、人間-人間インタフェースには「受講者どうし」というものも含まれます。その場合は、「どんな関わりを持たせるべきか?」を考える必要が出てきます)

人は無から学ぶのではないし、自分だけで学ぶわけでもない
人は人から、そして人々の中で学ぶ。

人間-非人間インタフェースを適切にデザインするのはもちろんのこと(それだけでも十分難しい!)、人間-人間インタフェースにも注意を向ける。そのときの一論点として、《洗練》と《野生》のトレードオフという《アポリア》にもちゃんと向き合っていこうと、あらためて思いました。

人間-非人間インタフェースと人間-人間インタフェースの両方を踏まえて研修デザインするための試論はこちら。


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