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良い研修にするために「き」をつけること

今まで書いてきた研修の作り方にまつわる記事たちをまとめてみる。


乾き ⇔ 裁き

研修設計というと、「研修の中身」に目が行きがち。それはもちろん大切なのだけど、もう一つ大切な観点があって、それが「受講者のレディネス」だ。

よく言われる、「馬を水飲み場に連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない」とはまさにこのことです。喉の乾きを感じていない人にいくら水(研修)を渡しても、水は飲まないわけです。

極めて原理的なことを言ってしまえば、本人の意欲が発現しさえすれば、人材育成担当者としては、もう出る幕はない。本人の「喉の乾き」は、学びにおける最大のリソース。

一方、「乾き」との対比で気をつけたいのが、「裁き」だ。

企画者や講師の、無意識を含めた上から目線であったり、「現場でうまくいかない」ことに対する「罰」としての研修は、受講者に対して「裁き」の刀を振り下ろすことになる。裁きは、受講者のレディネスに傷をつける。

武器 ⇔ 能書き

研修を通して受講者に手渡すものとはなんだろう?

先ほどの「裁き」と相似をなすものとして、「能書き」しか渡していない研修を目にすることがある。

この「正しい」内容を教えている研修が受講者に手渡しているのは、「能書き」なのです。

「◯◯しなければならない」「◯◯でなければならない」といった、「あるべき姿」を伝えてはいるし、「◯◯してはいけない」という「指示」も出している。

一方で、「どうすればできるか」「実際にやるとすると難しいのはどこか」といった「やり方」まで噛み砕いた説明がない。「やり方」に加えて、「現場でのイメージ」の提示も少ない。そのため、受講者は「そりゃわかってるけどさ」としらける。その証拠に、質疑応答で出てくる質問は、「◯◯しちゃいけなのはわかったんですが、実際には難しいときもあると思うんです。どうしたらいいですか?」だったりする。その問いに答えるのが、本来研修の役割のはずなのだけど。。。

研修とは本来、武器を手渡すことで、勇気(自己効力感)を出してもらうための取り組みだと思っている。能書きを渡されても、受講者は、戻った先の現場で戦えない。

本気

受講者は必ず、現場に帰っていく。帰った先で、本気で取り組むところまで含めて研修をデザインできているだろうか。

武器と勇気を手にした本人はそのあと、「悩みの中を進む」必要があります。現場での実践です。研修で教わったからといって、現場での難題がスラスラ解けるようになっているわけではありません。現場の中で「あらためて」悩みながら、試行錯誤する必要があります。その試行錯誤のなかで、研修の内容が「あらためて」理解できる。

受講者が現場において、本気で取り組むことによってはじめて、研修と現場がつながり、成長のスパイラルが回り始めます。

「現場で本気で取り組むところまで含めて」と書くと、「そこは人材育成担当者は手出しできないでしょ」と思いがち。これはなにも「現場に乗り込む」ということを言っているわけではない。さらに言うと、研修に「現場感」を取り入れることでもない。

現場感のある研修にしたい(by 人材育成担当者)、してくれ(by 経営/現場)といった言葉はよく聞きますが、いったい現場感のある研修とはなんでしょうか? 現場「感」などと回りくどい修飾語が必要なら、いっそぜんぶ現場にしてしまえば(研修なんてやめてしまえば)よいのではないでしょうか?

「現場感のある研修」のつくりかた

「現場感」といった浮ついたスローガンに踊らされることなく、「人材育成担当者が、受講者の上司とどれだけコミュニケーションできているか?」という地に足ついた問いを日々を考え続けることこそが、受講者が現場で本気で取り組むことにつながってきます。

上司の事前の期待が、受講者(部下)の本気を引き出します。上司が「この忙しいのに人事に呼び出された」と思いつつ部下を研修に送り出していたら、受講者が研修に来る前に、その研修の効果は半減しているのです。

では、人材育成担当者であるあなたは、「上司の期待と受講者の(部下)の本気」という関係に、どのように関わっていけばよいのでしょう。

研修の目的やゴールをはっきりさせて、受講案内にしっかりと盛り込むということも、もちろん必要です。ただそれ以上に、私が肌感覚として思っているのは、人材育成担当者が上司と直接コミュニケーションを取ることの大切さです。誰だって「顔の見える」人(人材育成担当者)から、生きた言葉で語られた方が、納得するものです。

人材育成担当者が、現場の上司と「話せる間柄」にあるかどうか、という社内でのポジショニングが、研修の効果や受講者の成長に関わってきます。

人材育成担当者がやっていることは、「研修」というよりも、「企業内研修」と呼んだ方が、自分の仕事を解像度高く捉えられる思っている。なぜなら、実際に人材育成担当者が動こうとするときには、「企業内」というところのウェイトが大きいから。上述の《社内でのポジショニング》をはじめとした、「企業内における身のこなし」が、研修の効果に与える影響は無視できない。

期待を込めて機会をつくり、磨きをかけることで気づきを得る

研修と現場をつなぐ(研修転移を起こす)ためには、現場の上司が果たす役割は大きい。だから、人材育成担当者は、現場の上司と日頃から《話せる間柄》をつくっておく必要がある。

「良い研修」にするために必要な、上司の関わり方をいくつか紹介してきました。研修の前に、上司の期待を伝える。研修の後には、上司が機会(仕事)の提供する。そして、その仕事の中で、上司が継続的に関わることで、研修で学んだ内容に磨「き」をかける。

研修転移とは、「一回で」「一人で」起きるものでありません。また、上司のもとに手放しで転がり込む福音でもありません。研修(人材育成担当者)と現場(上司)で一緒に引き出す、共同作業の産物です。

こういう話をすると、「現場を巻き込むってことですね」という反応がくる。これは、半分正しくて、半分間違っていると思う。

まず、「巻き込む」という言葉遣いをやめる。こちらが「巻き込もう」と思って近づくということは、相手からすると「巻き込まれる」ということ。「巻き込み事故」と同じニュアンスになってしまう。

そうじゃなくて、「一緒に作る」という言い方をする。これなら、相手から見ても同じく「一緒に作る」となり、目線が揃う。同じ問題を一緒に解く関係性になる。研修転移という問題が、人材育成担当者と現場の上司の《共同作業》に昇華する。

勇気 ⇒ 雰囲気

研修転移を促すもう一つの要素が、社内の雰囲気。武器を渡すことで、ひとりひとりに勇気を出してもらう。その蓄積と対流が、みんなの雰囲気につながっていく。

人材育成担当者には、ひとりひとりの受講者が抱いた勇気を、みんなの雰囲気(き)へと広げる工夫していってほしいと思います。そういった雰囲気のなかから、次の受講者が現れるという好循環があれば、それは「良い研修」につながるのではないでしょうか。

人材育成を機能させることと、学びの風土を培うという意味における組織開発は、地続きだと強く思っている。

種まき

「企業内」研修というところにフォーカスしたときに、もう一つ論点が浮かび上がってくる。それが、組織としての種まきだ。

いわゆる「研修」と聞いて、イメージするのはどちらでしょうか?

A. 受講者がいま困ってる問題を解決するための研修(問題解決型)
B. 受講者はまだ問題には感じていないが、自身が置かれている現状を捉え直して問題提起するための研修(問題提起型)

問題解決型は、いわゆる知識/スキル系の研修が当てはまります。営業力研修、ロジカル・シンキング研修、部下育成研修などなど。一方、問題提起型は、たとえばキャリア研修などが当てはまるでしょうか。研修という枠を外せば、自社の未来を考えるワークショップや、経営陣の訓話なども含まれるでしょう。

問題提起型が難しいのは、受講者のレディネス(乾き)を追い越したテーマを扱うというところ。いま必要なことではなく、いずれ必要なことを研修で伝える。組織としての種まきをする。

息の長い営み

社内の雰囲気をつくったり、組織としての種まきをすることはともに、とても息の長い営みだ。

「息の長い営み」と聞いて、何を感じるだろうか。「自分の仕事の成果が見えにくい」だろうか。あるいは、「終わりが見えなくて辛い」だろうか。

僕は、「だからこそ面白い」と感じている。

企業という組織体を継続的に見つめ、その中の構成員(経営/現場の上司/受講者)と良好な関係性を築き、彼ら/彼女からの信任のもとに打ち手(研修)を取る。一つの打ち手は、終わりではなく始まり。その打ち手を起点に、再び継続的に見つめ…(以下ずっと続く)。こうやって、人と組織のメンテナンスを続けることが、僕の仕事なんだろうなと思っている。

人や組織の効果性と健全性を高めようとする僕の仕事には、「メンテナンス」というイメージがしっくりきた。人も組織も、努力している。でも、それが結果につながらないことも多い。そんな、努力と結果をつないでいるのが、もう少し控えめに言うのなら、なんとかつなごうと右往左往するのが、僕の仕事なのかもしれない。


良い研修にするために「き」をつけることをまとめてみた。研修を良くするためには、「研修だけ」を見てはいけない、と再認識。

「き」をつけることは多岐に渡りますが、共通するのは、〈受講者の内面(内側)〉(乾き、勇気、本気)に目を向けることと、〈受講者が置かれた環境(外側)〉(期待、機会、磨き、雰囲気)にもアプローチしようとすることかなと思います。研修そのものだけを見ていたのでは、研修は良くならないと思います。研修の外に目を向ける。

〈受講者が置かれた環境〉の最たるものが、現場の上司であり、現場で携わる仕事内容です。人材育成担当者のみなさんには、自らの居場所である人事部から外に出て、まずは受講者、そして現場の上司と話をするところから始めてみてほしいなと思います。

「忙しいのに、なんでこの研修を受けなくちゃいけないの?」と聞かれたら

なお、今回取り上げた記事以外にも、研修のつくりかたにまつわる記事はこちらのマガジンにまとめてあります。

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