白川町商店街の魔女【6】
第6話 課題を煮つめる
魔女さんの弟子になって、もうすぐひと月。
私はほぼ毎日のように、白川町商店街に通っている。
お店の外から魔女さんの顔だけみて帰る事もあれば、二人で1時間程商店街周辺をウロウロしたり、3時間位お店でガッツリ話をする時もある。
その日、その時の状況次第。
何かする事が決まってる訳でもない。
弟子といっても、とても自由だ。
魔女さんから言われていることは一つだけ。
白川清掃の参加が決まった日に言われたのは、課題を煮つめるように、という指令だった。
「あ、そうそう、あのなりたい私、幸せな私からイメージする事を100個書くってやつを、そうね、できれば3日に一回、少なくとも1週間に一度は書きだしてみて。とりあえず、次に進むまでは、それが課題ね。ちゃんとやってや」
「え、一度書いたのに、また同じ事するんですか?」
正直、けっこう頭をつかうしめんどうだなという私の気持ちがバレたのかはわからないけれど、魔女さんは私の顔をのぞきこんで、こう言った。
「みさきちゃん、あんな、物事を『知らない』のと、『知る』って事の差は大きい。でも、『知ってる』と『できる』、の差もまた大きい。『できる』と、『呼吸をするのと同じように出来るレベル』の差は、もっともっと大きい」
「は、はい……。えっと……?」
「何事も、一度やっただけで、終わりとちゃうねん。何度もやらんと、見えてこない景色もある。今回の課題で言うと、うん、もっと煮つめてほしいって感じ?」
「煮つめる……ですか?」
正直、煮つめるって、料理する時に使う言葉だと思っていた。
課題を、煮詰める。
そういう風にも使うんだ、ってちょっと驚いた。
「そう、煮つめる。もっともっと煮つめて、内容を濃く、純度を高くするの。みさきちゃんという人間が本当はどういう人なのか、何を求めているのか、どう在りたいのかの本質を洗いだしてほしいねん」
「内容を濃く、純度を高く、本質を洗いだす、ですか?」
「そう。別に自分探しをしてほしいわけじゃないよ。探さなくても、みさきちゃんはここにいてるんやし。ただ、私も含め多くの人間は、いろんなルールしがらみや、ええ人に見られたいとか諸々の不純物もいっぱい身に纏ってると思うの。煮詰める作業で、その不純物を削ぎ落として、中に埋まってみえなくなってる自分の核みたいなものを、取り出す。そんなイメージかなあ」
「はあ、不純物を削ぎ落とす、不純物を……」
よく、わからない。そんなイメージと言われても、あんまりイメージできないし。
「まあ、とにかくやってみて。1回やっても、次やる時には、書くことがかわってる筈。だって、人間は日々変化してるんよ。同じような毎日を過ごしてるようでも、やっぱり何かは変わってる。知ってる? 身体の一部の細胞は3ヶ月サイクルで、入れ替わってるらしいねん」
「え、そんなんですか?」
「そやねん。うちら人間は物理的に、変身してるとも言えるんちゃうかな」
知らなかった。体って、細胞って、入れ替わってるんだ。
人間って、なんかすごい生物なのかも。
「骨とかは入れ替わるのに10年位かかかるとか、心筋細胞や脳細胞なんかは、一生かわらないみたいやし。身体丸ごと全部が一気にかわるわけじゃないんやね、今のところは。医療もその時代時代でかわるから、また何年か後には認識がかわるやろけど。だからね、みさきちゃん、私の言う事、そのまま鵜呑みにせんと、自分でちゃんと調べてや」
「はい、帰ってから、検索してみます」
「うん、信用できそうなサイトで、少なくとも5箇所以上は調べてみて。何度も言うけど、一人二人の意見を信じるのは危険過ぎる。情報はよく精査して、信用できるかどうか、まずは疑ってかかること。忘れんといてや」
「わかりました」
何となく気にし過ぎじゃないの、と思わなくもないけど。
そこが魔女さんのこだわりだと思うので、言う通りにしようと思う。
なりたい私、幸せな私という言葉から思いつく事を100個書き出す課題は、けっこうきつい。3日に1回はとてもできなかった。
結局、初回も含め、ひと月で私はこの課題を6回行った。
やってみて、なんとなく、不純物を削ぎ落すの意味がわかったような気がする。
彼と別れたあの頃、私は普通じゃなかった。
何をしていても楽しいと感じられなくて、仕事に集中する事ができないくらいに落ち込んでいた。
どこかに逃げたくて、でもできなくて。
仕事を辞めてからも、どうしていいのか、どこに進めばいいのかわからなかった。
でも、魔女さんと会って、そして100個の課題をしていくうちに、自分の事がわかってきた。
これまでの人生で、自分についてちゃんと考えた事なんてなかったから。
私は、誰と、どんな生活をして、何を仕事とし、どんなふうに感じながら生きていきたいのか。
魔女さんの言った通り、100個の内容は、書く度にちょっとずつ変わった。
少しずつ、心と頭のなかが、落ち着いてきたのがわかる。
「あ、みさきちゃん、こんにちは。これから、上田さんとこのお店行くの?」
「なつこさん、こんにちは。はい、そうです」
「ほな、これ上田さんに渡してもろていい?」
「はい、わかりました。お預かりします」
「ありがとう。宜しくお願いします」
カフェの前で出会ったなつこさんから、商店街ニュースを預かってお店に向かう。
商店街のなかで、顔見知りの人達も増えてきた。
ここに通って、ひと月。
もうすぐ、例の白川清掃の日がやってくる。
~続く~
お読みいただき、おおきにです(^人^)
イラストはAIで生成したものを使っています。
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