見出し画像

河童

ある日、家に帰ると河童がいた。
噛み合わない会話。
困惑。
でも、何だかオモシロイかも。。。

少しでも、ほのぼのして頂ければ嬉しいです。

小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。


--------------------------------------------

 ある日、部屋に帰ると、河童がいた。

 なぜ、河童とわかったかと言うと、おとぎ話に描かれているような河童の絵にそっくりだったから。

 緑色の肌、頭の上にはお皿、まばらな髪の毛に、背中には甲羅のようなものが見える。

 少しイメージと違うといえば、意外に背が高いことだろうか。

 160cmの私より、5,6cm低い位である。

 河童は、水かきのついた手で私のお気に入りのマグカップを器用に持ちながら、珈琲を飲んでいた。

「ズズっ……。ごくっ……」

 珈琲の芳ばしい香りが、部屋中に漂っている。

 私達は、しばらくお互いに見つめ合った。

 私は玄関に立ちすくみながら、こう声をかけた。

「……何してんの?」


 河童はゆっくりと、優雅にもみえる動作でマグカップを机の上に置いてから立ち上がった。

「これは、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。しかも、勝手に珈琲まで頂いちゃって」

 そう言って、それは丁寧に頭を下げた。

「そんな事はいいんだけど……」

 河童は目を瞬かせた。

「でも、あたしの部屋で何してんの?」

「実は私、事情があって家を出てきたんです」

「はあ……」

「それでですね、以前に私達河童を研究されていた出路さんのお宅に、しばらくごやっかいになろうと思いまして」

「研究?」

 そんな研究した覚えはない。

「はい。約12年前、出路さんが中学生の時に、夏休みの宿題で河童について論文を書かれましたよね? お忘れですか?」

 そういえば子供の頃に、確かに河童について調べてた気もする。

「そんな事もあったかも……。でも、子供の時の話だし、だいたい、なんであなたがそれを知ってるの?」

「私達河童は、人間界の事なら何でもわかるんですよ。ズズッ……」

 河童は誇らしげにそう言いながら、珈琲を啜った。

「そう。でもさ、なんであたしん所へ来るの? 勝手に決められても、あたしにも色々と事情があるし、困るんだけど」

 ちょっとかわいそうかなと思いながらも、私はこう言い切った。

「困りますか?」

「うん」

「でも、そういう決まりなんですよ」

「え? なんで?」

「なんでも。私は家をでたら、出路さんの所に来る。私の夫は遠山のぼるさんの所に行く。そういう決まりですから」


 なんのことだか、全然意味がわからない。

 だから、誰がそんな事決めたのよ、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 相手は河童なのだ。そもそも、人間社会の常識は、とうてい彼らには通じないだろう。

 でも、夫がいると言ってたな。じゃあ、この人は女性なのかな? 

 私が色々と考えている間に、河童は珈琲を飲み終えた。

 

「ご馳走様でした。美味しい珈琲でしたよ」

「うん。奮発したキリマンジャロブレンドだしね」

「出路さん、立ち話もなんですから、おかけになりませんか? 私、お土産にケーキをもってきたんです。一緒に、おすすめのダージリンはいかがですか? このお茶、とっても味わい深く良い香りなんです。今、おいれしますね」

「ああ、はい」


 私は、玄関の鍵をかけ、部屋に入りソファーに腰かけた。

 河童はいそいそと台所に立ってお湯を沸かし始めた。

 台所という程、立派なものでもないけれど。1DKの狭い部屋なので、どこに立っていても丸見えなのだ。

 私は、ちいさな二人掛けソファーの、今まで河童が座っていたのと反対側に腰かけた。

 手でソファーをあちこち撫でてみたけれど、濡れたり湿っている形跡はない。

 私はソファーに深く腰掛け、目を閉じた。

 夢かあなあ。多分、夢だといいんだけど。


 私の困惑とは裏腹に、河童の明るい声が響く。

「お待たせしましたーー。出路さん、さあどうぞ。すぐ売り切れる人気店のミックスケーキです」

 河童は、机の上にお皿に盛ったスポンジケーキらしきものと、うちで一番お高いバラ模様のティーカップに、なぜか珈琲を入れてだしてきた。

 え? さっき、ダージリン入れるって言ってなかった? そして、この謎の物体は? オドロオドロしい紫系のマーブル模様のケーキ。これ私が食べるの?

 等など、頭の中に疑問がいっぱい浮かんだけど、言葉にはださなかった。


「さあさあ、どうぞ召しあがれ」

「……有難う。いただきます」

 覚悟を決めて、ケーキを口に運んだ。

「いかがですか? 普通でしょ?」

「確かに……普通かも……」

 若干、禍々しい雰囲気を醸し出すその食物は、意外に普通のロールケーキの味がした。

 美味しくもなく、食べられない程不味くもなく。

 普通だ。あまりにも、普通だった。


「……すぐ売り切れる人気店のケーキって言ってなかった?」

「そうですよ、とても人気のあるミックスケーキです」

「そんなに美味しくもなくて、普通なんだけど……」

「普通ですよ。だから人気なんですよ」


 またもや頭の中に、たくさんのハテナが飛び交ったが、声に出さずに我慢した。

 質問したところで、また別の疑問がうまれるだけだろう。

 私は、ティーカップ入りの珈琲を飲みながら、落ち着こうと試みた。

 まあ、これはどう考えても、夢よね。河童が家にいるなんて、そんな非現実的なことが起こるわけないよね。

 でも、もし、もしこれが本当だったら?


「あのさ」

「はい、なんでしょう?」

「どうしたら、あなたは自分の家に帰ってくれるの?」

「その時がくれば、帰りますよ」

「いつ、その時がくるの?」

「その時がくれば、わかりますよ」


 河童は、何当たり前の事を聞くのかというような表情で私を見つめてくる。


「出路さん、もしかして、ケーキのおわかりが欲しいんですか?」

「いや、いいです。もうお腹いっぱいなので大丈夫」

「遠慮なさらず、ささ。私の分ですけど、今日は居候開始記念日ですから。ケーキ、もう一つ差し上げますよ」


 河童はいそいそと、あの紫色の謎の物体を、私の空になった皿にのせた。


「あの、あたし、もうお腹いっぱいって言ったよね」

「大丈夫です。もう一つ位食べれますよ。ほら、私も食べますから。一緒に食べましょう」


 河童はそう言って、モグモグと手づかみでパープルマーブルなロールケーキを食べだした。


 全然、人の話を聞かないな。何言ってんだか、よくわかんないし。まあ、河童だし仕方ないか。


 私も河童につられて、ケーキを食べだした。

 やっぱり、ケーキは普通だ。


「名前は? あなたの名前はなんて言うの?」

「人間で言うところの、フラワーです。」

「フラワー? 花っていう意味の?」

「まあ、そんなところです」

「そっか。フラワー、フラワーね」


 なんでワザワザ英語で言うのかなと、ちょっと気になった。まあ、いいんだけどさ。

 名前を呼ぶと、河童は嬉しそうに笑った。

「名前を呼んで下さり、有難うございます。出路さん。これで、私達はもう家族ですね?」

 まただ。本当に全然意味がわからない。

 だから、名前を呼んだだけで、家族になるだなんてそんな話聞いたことないわよ。


 そう言いかけたが、言葉がでてこない。

 私の口から出たのは、自分でも制御不能な、クックッという笑い声だった。


「クックックッ……、ッハッハっは……! なんだ、この状況……」

 私はお腹を抱えて笑った。

 

 家に帰ると、河童がいるとか、おかし過ぎる。

 正直、大迷惑だし、どうしていいかかわらない。

 でも、同時に、オモシロイと感じる私もいる。


「出路さん、あらためて。河童のフラワーです。これから、しばらくの間、居候します。どうぞ宜しくお願いします」

「クックックッ……。あたしがイヤだと言っても、いるんでしょ?」

「はい、出路さんがおイヤでも、私はその時が来るまで、こちらにご厄介になります。そういう決まりですから」

「なら、仕方ないよね」


 笑い過ぎで、腹筋が痛い。

 こうして、私と河童との共同生活がはじまった。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?