世界は「接続」しているのではなく、面で「存在」している

東京に住みはじめて、そろそろ四年になろうとしている。

今までずっと東側に住んでいたので、西側にはあまり来る機会がなかった。たいした用事もなく行くのは新宿あたりまで。今月から三鷹に引っ越したことは、同じ「東京」でありながら、これまでの自分の行動範囲を大きく広げることになった。
 
東京都小金井市に、宮崎駿作品の制作で有名なスタジオジブリがある。ジブリが運営しているジブリ美術館は吉祥寺にあるが、ここは、ジブリのアニメそのものが制作されたアニメスタジオだ。

もちろん観光地ではないので、一般開放されておらず、敷地内に立ち入ることはできない。でも、僕はジブリのドキュメンタリーをさんざんみているので、遠目に外観だけでも一度は見てみたい、とずっと思っていた。
 
三鷹に住み始めて、ジブリのある東小金井は思ったよりも近い場所にあるということがわかった。歩いてなんとか行けるぐらいの距離だ。

ある日、思いついて自転車で行ったのだけれど、ものの20分ほどで行くことができた。先述の通り観光地ではないので、横目に通り過ぎるぐらいに留めておいたけれど。
 
後日、奥さんと一緒にそのあたりまで散歩に行った。歩いても一時間もかからない。歩いて行ってみると、その周囲の環境なども含めて、よく観察できて、とても興味深かった。
 
東京は、エリアごとに雰囲気が違う。東京の東と西で大きく変わるが、例えば西の中でも、中央線沿いは独特の雰囲気がある。

中野、高円寺、荻窪、阿佐ヶ谷あたりまでは似た雰囲気だが、吉祥寺より西に行くと、都会的なゴミゴミ感が薄れ、より住宅地っぽい雰囲気になる。そんな、どこにでもありそうな新興住宅地の一角に、スタジオジブリは存在していた。

歩いていると、閑静な住宅街の中にいきなり出てくるので、ちょっとびっくりした。そうか、ここにあるのか、と。

散歩の魅力に気付いたのは、5年ほど前のことだ。その頃は愛知県一宮市というところに住んでいたのだけれど、日常生活を送るうえで、ほとんど「歩く」ことがなかった。

愛知県は車社会とはよく言われるが、車で移動するのが当たり前であり、必須で、街が徒歩で移動するように設計されていない。当時はコンビニですら徒歩で行くのには遠いので、車で行っていたほどだ。
 
2年ほどそこに住んでいたのだけれど、ある日、明け方にふと歩いてみたくなり、はじめて周囲を散歩した。すると、家から歩いて徒歩10分ほどのところに、大学があることにはじめて気がついた。

そんなに大きなキャンパスではなかったのだけれど、それにしても、徒歩圏内に大学があることさえ気づかないというのは異常なことだな、とそのとき思った。
 
電車やバスで移動するのも楽しいが、交通機関を使っての移動は、「移動」という行為に特化しているせいで、その地域そのものを観察する、という行為を置き去りにしてしまうことが多い。

徒歩というのはもっともプリミティブな移動手段だけれど、徒歩によって、この世界が地続きに広がっているんだな、ということを思い出させてくれる。

自分が想像で思い描いていた場所に「接続」しているのではない。移動は、点と点と繋ぐ線ではない。「もとから、同じ空間にある」のだ。

歩いていってはじめて、この世界が点や線ではなく、面で存在している、ということを思い出させてくれた。
 
ドキュメンタリーのビデオでよくみていたスタジオジブリを実際に家から散歩中に見ることができて、そんなことを考えたのである。

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