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いつでもそこにマクドナルドはある

マクドナルドに行くことが多い。

多いというか、ほぼ毎日行っている。といっても、たいていの場合、注文するのはコーヒーだけだ。たまにナゲットを注文することがあるけれど、コーヒーで充分。休日は大体2、3時間ぐらいいるし、平日でも30分ぐらいはいる。

読書をしたり、パソコンを持ち込んで文章を書いたり、直したりしている。家にいた方が集中できる作業もあるが、やはり外でやったほうが捗るので、マクドナルドは僕の作業場と化している。

マクドナルドの良いところは、「快適すぎない」ところかな、と思う。

基本的に椅子は堅いし、背もたれのない丸椅子も多い。それでいて、カウンター席でもそれなりにテーブルが広いので、作業には適している。

おしゃれなカフェで読書や作業をしたいと思うこともあるが、おしゃれなところであればあるほどテーブルが狭かったり、椅子に慣れなかったりして落ち着かず、肝心の作業に集中できない。周りにいる人たちもなんとなく気になるし。
 
さすがにマクドナルドは大資本が経営しているだけあって、超優秀なデザイナーが工学的な見地から検討を重ねてデザインしているはずなので(知らんけど)、それなりに合理性がある。椅子は適度に硬く、広いテーブル、シンプルな内装、邪魔にならない快適なBGM。

考えてみたら、作業場としてこれ以上適した環境はないんじゃないかと思えるほどだ。コワークスペース? バカ言っちゃいけねえよ、僕らにはマクドナルドがあるじゃないか。
 
周りを見渡すと、僕と似たようなことをやっている「同志」も多い。パソコンを広げて仕事しているサラリーマンふうの人も多いし、読書に没頭している中高年、資格の勉強をしているOLもいる。高校生ぐらい子達は、グループになって雑談に興じていたり。
 
なんというか、オシャレっぽいカフェなどと比べると、みんなそれなりに目的をもってきている人が多いな、と思う。考えてみればそれもそのはずで、「マクドナルドの雰囲気を味わいたくて来ている」人はそんなにいないからだろう。

いろんな年齢、環境の人たちがこの場所に、全く違う目的を持って集まっているのが、なんだか面白い。マクドナルドの中でひとつの世界が形成されているようだ。
 
昔はどうだったかわからないが、いまのマクドナルドのコーヒーは結構おいしい。なんというか、クセがない。

僕はそんなに味にこだわる方ではないけれど、粉っぽくて美味しくないコーヒーというのは世の中にたくさんあるので、マクドナルドがそういうものじゃなかったことをうれしく思う。

具体的な名前は出さないが、マクドナルド以外のハンバーガーチェーンのコーヒーは結構ひどい。この「圧倒的」な「クセのなさ」も、まさにマクドナルド的というか、評価できる点である。

マクドナルドは「どこにでもある」というのもひとつのポイントだ。どの街に出かけても必ずマックがあるので、そこに行けば大体似たような環境が得られる。

日本どころか、海外にも当然店舗があるので、なんだかんだ海外に行くと一度はマクドナルドに行ってるように思う(もちろん、店舗がある国に限る)。
 
先日、タイに行った時も、歩き疲れてヘトヘトになっていたところにオアシスのようにマクドナルドがあったので、少し休憩をした。

大体似たような状況の欧米人が周りにたくさんいて、少し会話をしたりもした。欧米人にとっても、ここはよく知る場所だから、なんとなく落ち着くのだろう。
 
行きつけの場所がマクドナルドだからといって、こだわりがないわけじゃない。「マクドナルドだからいい」んだ、と思う。

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