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ひらめきは狂気の淵に

年間で100冊から120冊程度の本を読むので、これは趣味のひとつとしてカテゴライズしてもいいのではないか、と思っている。読書の利点はいくつかあるが、とにかく時間をかければかけた分だけ、前に進むのが良いところだな、と感じている。

読書はハードルが高いと思っている人がいるかもしれないが、実際のところは時間をかけて読んだ分だけページが進むので、趣味としては非常に積み上げやすく、前進を実感しやすい分野だと言える。

例えばnoteを書くような趣味は、時間をかければそれで完成するというものではない。当たり前だが、note記事であれば、文章のネタが必要である。僕のように適当に思いついたことを適当に書いているような記事だったらいくらでも量産できるというのはあるかもしれないが、それにしたところで、いつも都合よくネタが思いつくとは限らないし、思いついても書く時間が確保できない、ということもある。

なので、ネタと時間の両方が揃っていないと何も書けない。その点においては、ちょっとハードルが高めと言えるかもしれない。基本的に僕は毎日更新するようにしているのだが、これは毎日欠かさず書いているのではなく、常に数日分のストックをすることによって可能になっている。

僕は、その他の活動として作曲をしたり、小説を書いたりすることがあるのだが、作曲は趣味の中では、結構しんどい部類に入る。なんというか、「やった分だけ前に進む」という感覚が掴みづらいのだ。一時間作業をしても全く前に進んでいない、なんてことはザラにあるし、いざ書いてみても全然気に入らないということも多い。

曲として完成するものを思いつくのはいつも一瞬のことで、思いついた瞬間に「これだ」とすぐにわかる。しかし、思いつくまでが長い。その代わり、その一瞬に「作曲の楽しさ」が凝縮されている。なんというか、趣味としてはギャンブル要素が強く、報酬が「0が100か」みたいなところがある。

僕は絵を描かないのだが、絵を描く趣味はどうだろうか。もちろん、絵描きが本当に満足したものを描くのにはそれなりの時間が必要だろうし、全然気に入ったものが描けなくて進まないということもあると思うのだけれど、どちらかというと、かけた時間だけリターンがあるのではないだろうか。例えば練習として世の中にある絵を模写したり、デッサンしたりというのはあるので、そういうのは時間をかければある程度の成果が得られるだろう。

しかし、コンクールに出す絵とか、大作を仕上げるときには、なかなか描くテーマが思いつかずに懊悩おうのうすることもあるのだろう。クリエイティブな行為は、最終的には神がかり的なひらめきというか、「降りてきた」としか表現できないような境地に達しないと完成しないところがある。それはプロだけではなく、アマチュアの活動でも同じことである。

聞いた話によると、漫画家もストーリー漫画ではなく、ギャグ漫画家のほうが狂気に沈みやすいのだという。確かに、理詰めで考えていけるストーリー漫画よりも、ひらめきの比重が高いギャグ漫画のほうが難しいかもしれない……。

手を動かせば動かした分だけ前進する趣味と、ひらめきを必要とする趣味。どちらも一長一短あるけれど、バランスが大事な気がしている。もくもくと手を動かす手芸みたいな趣味は、僕の中では読書と同じカテゴリに属している。

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