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フィードバックがすべて

会社で下期の評価面談があった。社会人になって11年、これまでに2度転職をしているのだけれど、ちゃんとした評価面談はこれが初めてのようなものである。

今までも評価面談というのはなくはなかったものの、勤めていたのが中小企業とベンチャー企業だったので、そういった人事評価制度はあまり充実していなかった。

いまは、一応は大企業のグループ会社という立ち位置なので、かなりちゃんとした人事評価制度がある。そういったものはほぼ初体験だったので、なかなか新鮮だった。
 
全体的な評価からみるとさほど悪くはなかったものの、めちゃくちゃいい、という評価でもなかった。仕事ぶりはそこそこ評価されてはいるものの、まだ目立った成果が出ていない、ということもある。

もちろん、仕事というのは常にうまくいくものでもないので、成果が出ていなくても評価される場合はあるから、純粋に能力として足りていない部分がある、ということだろう。色々とフィードバックをもらったので、これを生かして、来年は昇格できるように頑張りたい。
 
きちんとしたフィードバックをもらうと、当然だが学びがある。必ず、他人からの評価と自分の評価を比較してみると差異がある。

もちろん、他人でも完全に正しい評価というのはできないのだが、基本的に自己評価よりも「他人から見た評価」のほうを僕は信用しているので、このギャップが、今後埋めていくべき課題だと認識できた。


 
誰かに言われたというわけではないのだが、僕は「上司は顧客」だと思っている。部下は、上司になんらかの成果物を出すのが仕事だ。逆に、自分が上司である場合は、部下から成果物を受け取る。

この関係性にある以上、上司というのは顧客なのである。そう思うと、人事評価面談とは、顧客からの生の声が聞けるフィードバックの機会ということで、一般のビジネス環境から思うとなかなかない貴重な機会といえる。
 
こういったフィードバックを経て、「自分が頑張っただけ」というのは価値がないんだな、とあらためて思った。頑張っても、成果に結びつかなければ意味がないのだ。

ここで注意しなければならないのは、「成果を出したかどうか」ではない、ということだ。なんにも努力しなくても、偶然、多大な成果が出てしまうことはある。逆に、いくら努力しても成果が出ないときもある。そういったときに見なければならないのは、「成果に結びつく行動がとれていたかどうか」ということだ。


 
例えば、野球の練習をするときに、素振り千回を毎日やっても、確かに「頑張っている」ものの、それだけでは野球は強くならない。一方、緻密に戦略を考えて、練習メニューを練り上げてから行う練習は、成果に結びつきやすい行為と言える。

勝負の世界は厳しいので、それをやっても必ず成果が出るということはないが、「成果に結びつく行動」は評価されるのだ。
 
まあ、とはいっても、そういった評価を気にするのはこういう機会のときだけにしたい。仕事をしているときは、とにかく目の前にある課題をこなすのが一番いいと思うので。

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