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仕事をやりにくい人と、いかにして仕事を進めるか?

たまに「上司ガチャ」という言葉を目にする。会社の上司というのは基本的に自分の意思では選べないものだから、それをギャンブル性の高い「ガチャ」になぞらえているのだろう。

僕はあまりこの手の概念には興味がないのでこれまであまり気にしていなかったのだが、転職して驚いたことは、そんな「上司ガチャ」を無効化する仕組みが導入されていたことだった。というのも、新しい会社には「上司を評価する仕組み」が導入されていたのだ。
 
今まで、バイト時代を含めると、数限りない上司がいた。自分が新規事業などを担当していたときは自分が部長職のようになっていたため、上司が直接社長だったり会長だったりしたことはあったが、それでも自分の仕事を監督する立場であることは確かだった。

僕は特段、上の人に媚を売るようなことはしていなかったとは思うが、そういう人たちの心証を損ねると何もかもがうまくいかなくなるので、そこそこうまく立ち回ってはいたと思う。でも、新しい環境では、そこで培ってきたいろんなテクニックを、そこまで生かす必要のない環境なので、働きやすく、感謝している。
 
自分はこの「上司ガチャ」というものはそもそもどうでもいい、と思っている。どういう環境であれ、置かれた場所、持っているもので成果を出すしかないからだ。

また、世間で言われているほどに差があるとは思えない。というのも、硬直化した組織ならまだしも、営利企業であれば能力がある人が出世するものだし、基本的には「上司=能力が高い」と考えて差し支えはないのではないか、と思う。もちろん、くせがあって性格の悪い人もなかにはいるだろうけれど、その人に接する条件は同じなんだから、まあいいじゃないか、と。
 
ただひとつの例外は、「上司が社長」である場合だ。中小企業のオーナー社長は、能力が高いからなるとは限らない。だから、「上司ガチャ」というよりは、「社長ガチャ」だったらあるかもしれない。その観点でいうと、僕の前職は、まあまあ悪い会社にいたと言っても差し支えないだろう。


 
転職をした会社には、「上司を評価する仕組み」が標準装備されていた。僕の今までいた会社は、「上司に逆らう」ことは完全に御法度だったので、「上司を評価する」なんて言語道断だったのだ。

基本的に上司に逆らうことができなかったので、「上司をコントロールする」というか、例えば報告する情報に偏りを持たせたり、あえて却下される提案をしてみたりして一定の方向性に上司を持って行こう、という動きをよくしていたような気がする。でも、新しい会社ではそんなものはそこまでは要求されないようなので、これが普通の会社なのか、と感動している。
 
今にして思えば、新卒で勤めた会社も、その次の会社も、まあひどいものだったが、上司といろいろやりあったり、他部署といろいろやりあったりしたことは無駄にはなっていない。

特に、コミュニケーションの点では鍛えられたと思う。基本的に、仕事というのは人を動かすことの連続だ。でも、人というのは必ず自分の思い通りに動かないので、そこでひと工夫が必要になる。

コミュニケーション能力というのは、別に人当たりがいいとか、話がうまいとか、そういうレベルの話ではなくて、「人を動かす」力なんだな、と思う。普通にちゃんと説明することで動かすのもいいし、おだてて動かすのもいい。ときにはキレて動かすのもいい。恩を売って動かすのもありだ。

とにかくなんらかの意思疎通を図って、仕事を前進させるのがコミュ力だ、と思う。そう言う意味では、いままでずいぶん鍛えさせてもらった。いまの会社は、一般的にみてもホワイト企業に該当すると思うけれど、今までのことを思えば仕事がしやすくて仕方がない。

「仕事をやりにくい人と、いかにして仕事を進めるか?」がコミュ力かもしれない。「上司ガチャ」と言いたくなるのもわからないでもないけれど、一種のトレーニングだと思って、その環境の中でいろいろ試してみるのも悪くないかもしれない。

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