オンライン署名と民主主義について

「オンライン署名」の存在をNHKで知った。

なんでも、メールアドレスだけで、不特定多数から署名を募ることができるプラットフォームらしい。オンライン署名専用サイトがあって、そこで自らの署名のキャンペーンを立ち上げることができる。

社会に対して「おかしい」と感じたことをキャンペーンとして立ち上げると、不特定多数の人から署名を集めることができる。そこで集めた署名を、行政などしかるべき人に届けることができるのだとか。
 
番組では、そこでキャンペーンを立ち上げた大学生が取材されていた。社会に対しておかしいと思うことはたくさんあるけれど、声を上げる機会が少ないと感じていたらしく、オンラインで署名を募ることにしたのだという。

識者によれば、かつて学生運動が盛んだった時とは違い、「意識高い系」というレッテルを貼られることに対して忌避感をもっている人が多いため、手軽にオンラインで活動できるこのサイトには需要があるらしい。

キャンペーンを立ち上げた人によれば、自分の意見を世の中に発信したら、それで何万人もの人が賛同してくれて、こんなに自分と同じことを考えている人がいたんだと感動した、というようなことを話していた。


 
僕個人としては、あまりこの動きに意味を感じない。オンライン署名活動は、「民意」を問うているように見えて、広い意味では民主主義社会に反しているのでは、とすら思う。

なぜなら、こういった活動はいろんな人の意見を吸い出しているように見えて、「一部の人の声」を増幅しているに過ぎないからだ。たとえ頑張って10万人の署名を集めたとしても、全人口の0.1%にも満たない。特定の人の意見は吸い出せたとしても、それに「反対する立ち位置の人の意見」はちゃんと吸い出せているのだろうか? 

まず前提として、オンライン署名で署名をする人たちはかなり気軽な気持ちで署名すると思うので、そういった大衆の力を借りて、あたかも「日本全体の意見です」というように錯覚させるというのはかなり暴力的だな、と。

一見すると民主主義のように思えるが、これは民主主義ではない。疑似民主主義、というようなものだと言えると思う。
 
民主主義が崩壊しているといえる現在のミャンマーや香港で、こういった活動が実を結ぶだろうか。おそらく、オンライン署名なんてしたところで無意味だろう。そういったことで、ミャンマー国軍や、中国政府が動くとはとても思えない。

結局、こういうオンライン署名というものは、平和な社会で、個人的な不満を不特定多数に対して、個人的な不満だというのをカモフラージュしたい人がやるのだと思う。おそらく、オンライン署名で意見を募っている人は、自分が社会の舵取りをすることなど考えたこともないだろう。


 
モラトリアムの状態にある、力のない人が暇つぶしで趣味としてやるのならば否定はしないけれど、そんなことをする暇があったら勉強したり仕事したりして力を蓄えたほうがいいのでは、と思う。少なくとも、そのほうが社会を変えるきっかけにはなると思う。

サポート費用は、小説 エッセイの資料代に充てます。