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弾き語りと卵かけごはん

久々に楽曲制作を依頼されたので、作曲中心の生活をしている。といっても、一日中ずっと作業しているわけではない。一度に集中して作曲すると、暴走して明後日の方向に進んでしまうことがあり、効率がよくないので、ちょっと進めては別な曲を進めたり、休憩をとったりしながら少しずつ進めていく。

小説などでは長時間集中して書くこともあるのだけれど、作曲はどちらかというと感性をよく使う芸術なので、一気に仕上げても「セルフチェック」が行き届いていないといいものにならない。

いま「良い」と思えるものでも、時間が経つと「悪い」と思うこともあるし、もちろんその逆もある。なので、少しずつ、時間をかけながら前進していくしかない。
 
いま書いているのは、知り合いのイラストレーターの展覧会の会場で流すBGMだ。わりと淡い感じの画風なので、楽曲も静かなものが求められている(僕の作る曲はだいたい静かなものが多いが)。

僕が静かな楽曲をつくるのが得意だというのもあるが、静かな楽曲って省エネなのが素晴らしい、と思う。編成はピアノとストリングス(バイオリン・チェロ)のみなので、あまり手間がかからないのだ。ポチポチとパソコンで音符を打ち込んでいくだけである程度は形になる。


 
世間では「音楽」と乱暴に一括りにしているが、音楽の「規模」というのはジャンルによって異なる。たとえばギターの弾き語りというのはこの世界で最もシンプルな編成の音楽だ。一人で歌う場合、メロディラインは当然ながらひとつだし(一人で和音が歌えるビックリ人間は存在するかもしれないが)、弾いているギターはたいていコードだけだ。

コードにメロディが乗っかっているだけなので、食べ物で例えると卵かけごはんのようなものなのだが、もちろんこのタイプの楽曲でも名曲は無数にある。アルバムに収録する過程でベースやドラム、場合によってはストリングスを追加することもあるが、それらがなくても、音楽として成立している。
 
音楽というのは、どれだけでも豪華にできるし、逆にどれだけでもシンプルにすることもできるのだ。たとえば、YouTubeを見ると、フルオーケストラや、ビッグバンドとして演奏されたものを、ピアノやギターでカバーしている動画を見つけることができる。もちろん、大編成で演奏されたもののほうが迫力はあるが、楽曲の「良さ」が損なわれることはない。

本質はメロディとコード、フレーズなどにあり、どういう編成にアレンジしても、原理的には演奏可能なのだ。もちろん、テクノをピアノで表現するのが難しかったり、といった制約はあるが。


 
もちろん、こうしたものは音楽の世界だけではなく、たとえばマンガがアニメになり、映画になりという過程でも同じものを見ることができる。マンガというのは一人の人間が紙に描いて作るわけだけれど、アニメになれば大勢のアニメーターや、サウンドディレクターなどが寄ってたかって作品を作り上げる。

当然、アニメになってからマンガを読む人もいるけれど、作品の良さというのは味わうことができるはずだ。
 
静かな楽曲は作曲に時間がかからない点が魅力ではあるものの、やっぱり本質として「楽曲をつくる」というのはそんなに簡単なものではない。どれだけ時間が経っても、「いい曲」として認識できるものが書き上げられたらな、と思う。

逆に言うと、シンプルな編成にアレンジしても「それはいいものか?」というのがひとつの指標となるかもしれない。

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