見出し画像

「自己分析」は無理です

10年以上前、大学生だったときに、ほかの生徒と同じように就職活動をした。新卒の就職活動は一般的に茶番感強めのイベントではあるが、自分の人生に関わることなので、みんな必死である。「腹踊りを真顔でやりきる」という面接(?)があったとしても、みんな真剣に取り組むのではないだろうか。

一連の茶番の中でも「自己分析」という行事が際立って謎だった。少しそれについて考えてみる。

自己分析というのは、自分のやってきたことを棚卸しし、振り返ることで、自分のやりたいことであったり、強みや弱みを発見しよう、というやつである。

まず、大前提として自分のやりたいことがあるのに、わからない状態ってあるか? という疑問があった。

「やりたいこと」というのは、あるかないか、そのふたつしかないような気がする。そして大学生の時点ではまだまだ社会経験が浅く、視野も狭いので、「やりたいこと」なんてなくて当然だと思う。

「やりたいことがある」人は、よっぽど思い込みが強いのだろう。人生は長いので、たかだか二十歳前後の知見で決めてしまうのはちょっともったいないよな、と思う。

僕はなんとなく本が好きで、小説なども書いていたため、なんとなく本屋で働きたいと思った。しかし、どんな本屋でもいいというわけではなく、「丸善」で働きたかった。丸善の学生インターンシップにも応募して参加し、一ヶ月ほど働いた。

店舗での仕事だけでなく、営業の人に同行して、外回りみたいなこともやった。どういう会社なのかというのもなんとなくわかったので、入ってみたいと思っていたのだ。

しかし、僕が就職活動をする年は、丸善は経営状況悪化により新卒の採用を取りやめるということだったので、そこで唯一の「働いてみたい会社」がなくなった。なので、ゼロベースで考え直す必要が生じたのである。

やりたいことも不明だし、自分の強み・弱みを見つけるのも難しい。そもそも、なぜ社会で働いたこともないのに(バイトはあるけど)自分の強み弱みがわかるのか? と思っていた。

改めて考えてみると、就職活動の自己分析というのはあらゆる意味で不可能なのだ。それは、3つのメタ構造(外部から俯瞰して見る必要があるもの)があるからだと思う。

まず、自分自身を客観的に捉える必要がある。しかし、この「自分自身を客観的に捉える」こと自体が、二十歳そこそこにはなかなか難しい。たとえば、単に飲み会が好きなやつが「コミュニケーションが得意だ」と言ったりする。飲み会を盛り上げる能力と、ビジネスでのコミュニケーション能力は必ずしもイコールではない。自分のことを客観的に評価するのは難しい。

なかには、コミュニケーション能力が低いことにコンプレックスがあって、それを克服するために「自分の強みはコミュニケーション力です」みたいなことを言ったりする人もいる。メタ的に自分を見る能力に長けていないと難しいのだろう。

ふたつめは、「面接官によく思われる必要がある(と思っている)」ことだ。いかに自分を客観的に見ることができても、企業の面接で合格するには、「有能な人材である」ことをアピールしなければならない。なので、どれだけ正確に自己分析ができても、口から出てくるのはそれとは全く違う内容かもしれない。

しかし、悲しいことに学生はどういう人材が求められているかわからないので(そしてそれは企業や状況によっても変わる)全然トンチンカンなことになったりする。大学の就職課などが指導することもあるが、それにより、就職活動特有の謎のムーブを助長することもある。

みっつめは、ほかの人と差別化しなければならない(と思う)ことだ。実際は、正確に自己分析することが必要なだけで、差別化などは必要ないのだが、なんの印象もないことを言えば、面接官の記憶には残らないだろう。

そもそも、日本人は基本的に自分をアピールすることに慣れていない。なのに、こういった場面でいきなりその能力を求められるので、困ったことになるのだろう。

自分で自分を分析する必要はなくて、むしろ周りの人に自分のことを聞いてみるといいと思う。他人からの評価が自分の評価だ、というのを知るべきだ。

もちろん、それはあくまで他人からの評価なので、自分自身の価値というわけではない。ただ、どういう人間であるかというのは、自分よりも周囲が一番よく知っている。評価というのはそもそもそういうものである。

ただ、頭がいい人というのは、上記の複雑なメタ構造を乗り越えていくことがあるように思う。計算のうえで、面接の場で「素の自分」を見せることができればかなり強い。それだけで差別化になるし、どういう人柄か伝わるので、好印象を持たれやすい。そういったところまで計算しているとすごい、ということになる。

最初に就職した会社の面接で、「あなたはなぜ働くのですか?」という抽象的な質問に対し、「お金のためです!」と勢いよく答えて、面接官から好印象をもたれた人がいた(僕は面接官サイドにいたため、面接後の感触もよかったことを知っている)。

計算だったのか素だったのかはわからないが、「勢い」だったり、「素に感じさせる」言動は結構大事だ。まあ、そういったものも含めて、茶番だといえばそうなのだが。

頭のいい人ほど、自分を客観視しており、自己評価が的確である。しかし、その域に到達するには、やっぱりある程度の人生経験が必要かな、と思うのである。

サポート費用は、小説 エッセイの資料代に充てます。