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金融や経済がよくわからん

元日銀副総裁だった岩田規久男が、2013~2018年に日銀にいた日々を綴った「日銀日記」を読んでいる。

金融や経済に明るいわけではないので、おそらく読んでもそんなに理解できないだろう、と思って読み始めたものの、案の定全然わからない。

たまに国会議員と論争になったりすると、国会議員の質問してくるレベルというのは素人レベルなので「そうだそうだ」と読んで理解できるのだが、それに対して「これだから素人は」とばかりに岩田氏がこきおろすので、とたんにわからなくなる。

そんな感じではあるものの、単純に「日銀副総裁とはどういう仕事で、何を考えて日々を過ごしているのか」という好奇心からなんとか読み進めている。

救いは、あくまで日記形式であるため、書いてあることが理解できなくても次の日の記述になればまた別の話題が書いてあるため、なんとか読み進められる、ということだ。もしこれが、1章から理解していることが前提に2章、3章と進んでいく形式の本だったら、全く何一つ理解できずにお手上げ、ということだっただろう。


 
このように、金融政策のことは何もわからない素人ではあるものの、それでも「お金と社会」について考えることはある。例えば、物価と所得の関係について。いまはデフレ社会で、物価は下がっているから、一般市民にとってはお得な社会のように思える。

しかし、物価が下がるということは、そのぶん企業の売り上げも下がり、巡り巡って自分の給料も下がる、ということになる。しかし、インフレならそれでいいのかというとそんなことはなく、インフレになると所得もあがる分、物価もあがるので、突き詰めると似たようなことになる。
 
インフレというのは、額面は増えるものの、それは世の中に出回っているお金の総量が増えるということなので、突き詰めると「お金の価値」が下がった状態といえる。

経済が行き着くところまで逼迫ひっぱくしてしまった国は、じゃぶじゃぶお金を刷るので、ハイパーインフレを起こしてしまう。適度にインフレをする社会の場合、現金をタンスに貯めていてもお金としての価値が下がってしまうので、消費や投資にまわそうということになり、経済がまわりはじめる。

結局のところ、「物」と「お金」は紐づいているものの、そのもの、というわけではない。「物」を生産したり、生産のための投資が行われないと、社会は発展しないので、そのために「お金」という餌を使っているだけ、ともいえる。

お金を稼いだり、お金を溜めたりすることが本質なのではなくて、それを使って「物」が生産されたり消費されたりするのが重要、ということだ。書いていて、泣きたくなるほど至極当たり前のことではあるのだが。


 
現実世界で考えると複雑すぎるのだが、オンラインゲームの世界での「経済事情」について書かれた面白いエントリがある。これを読むと、中央銀行の役割がなんとなくわかる。
 
ヴァナ・ディール経済圏 - 趣味女子を応援するメディア「めるも」

急に社会に流通するお金の量だけが増えると、社会は混乱してしまう。いくら社会をお金で釣ってコントロールしようとしても、それでみんなが焚き付けられて動かなければ意味がないわけで、でも中央銀行が適当に経済政策を行うと経済が破綻する。だから、そうならないように、難しい理屈を考えて、それを検討しているのだろう。
 
日銀副総裁が書いた本を読んでもその程度の感想しか出てこないのが残念ではあるが……。金融や経済というのは、どうも実体が見えないので、ファンタジーの世界のように見えてくるので不思議である。

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