幸福のトレンド

どんなに自然科学が進歩しても、なかなか定義づけが難しいものがある。なかでも難しいのは、「幸福感」についてだろう。幸福感に関する研究は、現状では実質的にアンケート止まりで、「いま幸せですか?」みたいな質問の積み重ねでしかないのだけれど、「幸福感」というのはかなりフワフワした概念なので、実態を捉えるのはかなり難しいような気がする。
 
シンプルに考えると、人間にはそれぞれ「価値観」があって、その価値観を満たすとき、幸福を感じるのではないだろうか、という仮説を立てた。

たとえば、金を稼ぐのが好きな価値観であれば、お金を稼げれば幸福を感じるのだろうし、家族と過ごすのを大事にする価値観であれば、家庭にいるときに幸福を感じる。重要なのは、価値観は個人レベルでも、社会レベルでもどんどん変わっていく、ということだ。学生の頃は部活を最優先にするのが重要な価値観だったのが、社会人になったら仕事で成果を出すこと、ある程度中年になってくると家族と過ごすこと、のように、一人の人生の中でもどんどん変わっていくのが普通なのではないか、と思う。

そして、社会的にも、戦後の高度成長期はとにかく金を稼ぐことに集中していたのが、最近はもっとゆとりのある生活を求める人が増えている(もちろん、寝る間を惜しんで仕事をしたい、という人もたくさんいる)。社会と個人単位でギャップがあるので、それもまた評価を難しくしている要因だ。


 
さらに複雑なのは、「苦痛を回避する」ことが必ずしも幸福に結びつかない、という点だろう。人間とは不思議なもので、苦痛を感じることで幸福を感じることも多い。

たとえば、温泉に入ると気持ちがいいけれど、永遠に入っていたら死んでしまう。また、辛い食べ物なども、「辛い」と思いながら幸せを感じることもある。スポーツなどもそうだろう。苦痛なしでは、人生は物足りないのだ。もし、何もせずにお金だけがザクザク入ってくるような環境であれば、幸福感も逓減ていげんしてしまうに違いない。

はじまってからなんのトラブルも起きない映画が、果たして面白いだろうか?
 
以前、YouTubeでイチローにインタビューする動画を見ていて、「もしイチローさんが起業するなら、どういう会社にしますか?」という質問が面白かった。「ビジネスのことはよくわからない」と言いつつも、「少数精鋭の会社がいい」とか、それっぽいことを言っていた。

なかでもユニークだったのは、「福利厚生として、高価なトレーニングマシンを会社に置く」と言っていたことだった。「いろんなことで不満はあるだろうけれど、社員にとっては、いいトレーニングマシンがあればやる気も出てくるんじゃないか」みたいなことを言っていた。

まあ、そういう側面もあるかもしれないけれど、イチローの価値観が剥き出しになっていて面白い瞬間だった。少なくとも、自分では思いつかないようなアイデアだったので。


 
個々の価値観にも違いがあるかもしれないけれど、社会全体でみたら、そのときどきのトレンドがあり、またそれらも少しずつ変わっていくものなのだろう。次は、どういうものがトレンドになっていくのだろうか。

また、いまの社会から揺り戻しがあって、なかなか理解し難い価値観が多数派になっていったりもするんですかね。

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