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経験と知識のバトン

退職の意思表示をしたので、現在は引継ぎの期間中である。

一般的には引継ぎの期間として一か月ほどとるようだが、僕はわりと広範囲にわたってあらゆることを担当してきたので、念のために二か月ほどとることにした。

現時点でまだ数日残っているのだが、わりともうやることがない。いや、厳密にいうと、それなりに色々とやるべきことは残っているのだけれども、モチベーションが湧かないのだ。
 
引継ぎというのは、つまり業務を誰かに渡す、ということだ。リレーのバトンのようなものである。前から渡されたバトンを、次につなげていく。

しかし、それはバトンを受け取る側にそれなりの体制というか、うけ入れる状態が整っていなければならない。僕はわりと一人で仕事を進めてきたので、渡された人も、ぽかんとしているというか、「いきなり感」が否めないのだ。

というか、引き渡そうにも、人脈をそのまま人に引き継げるようなものでもないから、おそらくなかなか活用はできないんじゃないかと思う。引継ぎが機能しない見込みが非常に高いのだ。


 
もともとうちの会社はグループ内でもけっこう変わった立ち位置で、いい噂ばかりはきかなかった。昔の上司は、転職をする前に、色々と情報を聞いてくれて、教えてくれた。

とにかく、離職率が高いのは噂になっていたのだが、けっこう優秀な人が集まっているらしい、と。優秀な人が多いのは願ったりなので、ここにくることにしたわけだけれど、来ることにしたこと自体に対して、後悔はしていない。

前職の最後の段階では、自分のキャリアパスも見えず、日々の目の前の仕事に忙殺されるばかりで、展望が全く見えなかったからだ。実際、転職してからは7回ほど、海外出張にも行けたし、特殊な経験も積むことができた。

しかし、離職率の高さは、想像していた以上だった。今年の四月に、コロナの状況を受けて、一時的にうちのグループ会社に出向するという案が出たのだが、それを発表した瞬間に、10人いた同僚のうち7人が辞めた。なかなか衝撃的な出来事だった。

そのとき、一緒になって辞めるというよりは、しばらくは様子をみようということで残る決断をしたわけだけれど、うちの会社を象徴する出来事だったと思う。要するに、みんな普段から辞めようと思っていて、何かあるとこのように連鎖的に退職が連なってしまうのだ。


 
そういう会社での「引継ぎ」に、いったいどういう意味があるのか……、とつい考えてしまい、ちょっと手が止まってしまう。こういう状況で、モチベーションが高まる、という人がどのぐらいいるかはわからないが。
 
もしかしたら、このリレーのバトンは誰にも手渡せないかもしれない。でも、そうなっても、「経験」や「スキル」というバトンは、自分の中にしまっておきたいと思う。

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