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ヒューズとテロメアと安全装置

十数年も前の話だけれど、実家に住んでいたとき、わりと頻繁に電気のブレーカが落ちていた。僕は四人兄弟で、それなりに大家族だったので、消費電力も比較的大きい家だったのだろう。家族全員がおのおのの部屋でエアコンを使っている状況で、さらにドライヤーなどを誰かが使ったりすると、突然暗闇に包まれたりした。
 
ブレーカが落ちるだけならまだしも、ヒューズが飛んだこともある。結局、契約する電気プランをもっと容量の多いものに変えたところ、そういうことはなくなった。しかし、頻繁に電気が落ちていたときは、「なんでブレーカが落ちたり、ヒューズが飛んだりするんだろう。どうせなら、もっと頑丈なものを使えばいいのに」などと思っていた。

そもそも、ヒューズがなんのために存在しているのか、その時はよく知らなかったのだ。
 
ヒューズは、一定以上の電流が流れた際に、電気回路を保護するために強制的にシャットダウンするように設けられている。だから、「ヒューズが飛ぶ」ことが本質的な問題ではなくて、「想定以上の電流が流れている」ことが問題で、ヒューズはむしろ必要なものなのだ。

その先にあるさらなる大惨事を回避するために、わざわざヒューズというストッパーが設置されているのに、無知な僕は「頑丈なヒューズを使えばいい」などと考えていた。
 
それはひとつの例ではあるが、「一見すると不要に見えるが、実はイレギュラな事態に対処するために存在しているもの」は意外に多い。というより、安全装置というのは全般がそういうものだといえる。安全装置を無意味なものだと排除してしまうのは愚かな行為だと言えるが、そもそもそれが安全装置だと知らないケースもある。

もちろん、触らぬ神に祟りなしという考え方もあるが、もしそれを外してしまったらどうなるのか、という好奇心を持ってしまうのも、やはり人間だという考え方もできる。知らず知らずのうちに、渡ってはいけない橋を渡ってしまうこともあるだろう。


 
生物学の用語で、「テロメア」と呼ばれるものがある。体の部品をつくる染色体の先端部分にあるもので、「命の回数券」などと呼ばれる。生物が生きていくためには細胞分裂が必要だが、細胞分裂の回数には限度があり、分裂するたびに、この部位がどんどん短くなっていく。

テロメアが短くなると、細胞に老化のスイッチが入り、生物は老いていく。だから、「テロメアを長くしたり、短くならないようにすれば、永遠に生きられるのでは?」という素朴な疑問が生まれ、さかんに研究されていたらしい。
 
しかし、最近読んだ生物の本では、老化とテロメアの関係性は「よくわかっていない」のだという。細胞分裂をするとテロメアが短くなることは確かだが、では細胞の老化はテロメアによってのみ引き起こされるのかというとそうではないらしく、老化のメカニズムの大部分は謎であるらしい。

しかし、生物の長い歴史の中で、テロメアという仕組みをもたない生物もいたかもしれないが、テロメアを持っていた生物が生き残っていることを考えると、これは生物が生きる上で必要不可欠なものではないか、というような気がしてくる。

いわば、このテロメアが「安全装置」の役割を果たしているのではないか、と思うのだ。


 
いまだに不老不死を達成した人はいないけれど、実際に不老不死が実現したとして、どういう弊害が起こるんでしょうかね。なんだか、生物の仕組みを知れば知るほど、そもそも「死ぬ」ということ自体が、生物にとって必要なことのように思えてきますが。

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