見出し画像

「主語が大きい」という表現があるが、「言及する対象が大きい」のも問題がある

ネットでよく見かける、「世の中に対して言いたいことがある」という人が苦手である。そういうふうに周囲にくだを巻いているおっさんが苦手ということではなく、そういうタイプの人は老若男女関係なく存在しているように思う。

その多くは、自分の個人的な不満を「世の中がおかしい」という論調に乗せて言っているだけに見える。しかし、SNSというのは、似たような考えをもった人たちが集まり、グループを形成する力を持っているので、「個人の不満」からスタートしたことが、いつの間にか「集団の不満」「社会への問題提起」へとすり替わってしまう。

不思議なことに、自分が優秀だと感じる人たちは「社会に対する不満」を表明することは決してない。よくよく考えてみると、言いたい対象が「世の中」の時点で、問題の本質を正しく捉えられていないことがわかる。特定の個人に対して不満があるならその人に言えばいいし、特定の企業や製品に対して不満があるならクレームを入れればいい。行政に不満があるなら、こういうふうに制度を変えよ、と提言すればいい。

「社会に不満がある人々」も社会の一部であることを忘れてはならない。きっと、社会だって、その人たちに大いに不満があることだろう。

僕はこのように日常的に文章を書いているが、世の中にメッセージを伝えたいからやっているというわけではなく、「文章を書く」という行為を通じて、自分の思考をまとめたいからだ。誰かに対して自分の考えを伝えるために書いているのではなく、自分の中で思考として存在しているテーマを、言語化してあるものにすぎないということだ。
 
言語化する過程に「誰が読んでもわかるように一般化させる」という工程を含むので、一応、誰が読んでも理解できる内容に仕上げている。そして、「一般化の工程」を経ることにより、のちのち、似たようなケースで思考する際にも応用が効くように思う。

ひとつひとつの記事は独立しているが、時間をかけて、階段を一段一段登っているようなものかもしれない。
 
例えば最近見かけたのは「値上げ」に対する不満である。ロシアによるウクライナ侵攻に起因する穀物の原料高や、円安の影響により、企業の「値上げ」がダイレクトに家計に影響している。

そのとき、箱を変えずに中身だけ減らす「ステルス値上げ」と呼ばれるものに不満を抱える人々が一定数いるようだ。箱を変えずに中身を減らすのは姑息だというのである。
 
しかし、ステルス値上げに踏み切る理由は明白である。いちいち原料が値上げするたびに箱を小さいものに変更していたら莫大なコストがかかる。コンビニで気軽に購入できるお菓子なども、一日に何万という単位で生産されているわけで、その箱の生産もラインが組まれ、1円のコストの上下が大きく会社の利益に影響する。パッケージの変更は、箱の仕入れはもちろんだが、ロットごとに違うサイズになることによって物流や流通にも影響するので、そう簡単に変えるわけにはいかない。

また、今の原料値上げも永遠に続くわけではなく、そのうち元に戻ることを期待して、箱の大きさはそのままにしている可能性が高い。もちろん、お菓子メーカーなどに問い合わせたわけではないが、少し考えればわかることなのに、「世の中に対する不満」という形でこれを表明するのは、ただ単に「自分はいやだよ」という個人的な感情を世の中に発信しているだけである。


 
以前、会社の「与信管理」の仕事をしたことがある。「与信」というのは、要するに現在の取引先が会社としてどの程度信頼できるか、というのを判断することである。簡単に言うと、こちらが提供したサービスに対し、ちゃんとお金を払ってくれそうか、ということだ。
 
帝国データバンクなどの与信会社は、企業に対する調査をして、企業の「信頼度合い」を数値化して販売するサービスを提供している。なので、定期的に取引先の与信データを帝国データバンクなどから購入し、「取引限度額」を設定する仕事をしていた。
 
その中で印象的だったのが、「カット野菜事業者」の与信は非常に点数が悪かったことだ。「カット野菜」というのは、よくスーパーなどで販売されている、袋詰めの野菜が詰まった製品である。取引のあったカット野菜の業者は、軒並み最低ランクだった。

理由を調べていくと納得の理由があった。野菜の仕入れ値は変化が大きいが、売価はほとんど変化がないからである。キャベツが非常に値上がりしても、カット野菜の価格はそう簡単には変わらない。なので、キャベツが値上がりした分、業者が損失をかぶるような構造になっており、赤字になることが多いのだそうだ。

日常的に消費者が買う商品は基本的にあまり値段が上下しないが、原料はそのときどきによって大きく変化するため、ただ単に我々がそれを知らない、というだけにすぎないことが多い。

そういう構造を知っていると、とてもじゃないが多少中身が減っただけで「ステルス値上げ」などと批判する気にはなれない。メーカー側はステルスどころかダイレクト値上げが直撃して、存亡の危機にさらされているところもあるだろう。

おそらく、メーカー側としても客離れのリスクがあり、断腸の思いで決断しているはずだ。いくら批判されるからといっても、会社が潰れてしまえばどうしようもないわけで。


 
世の中で「おかしい」と感じることがあったなら、大抵はそうなった理由がちゃんとある。なので、「おかしい」とネットに書き込む前に、その理由について調べていくことが大事だと思う。
 
ただもちろん、こうやって「お利口」になりすぎるのもよくない。お利口すぎる人は、プロパガンダであれ、鵜呑みにしてしまうことがあるからだ。「批判的精神」は持ちつつも、「不満」だけを撒き散らさないようにしたい。

「主語が大きい」という表現もあるが、「言及する対象が大きい」のも問題がある。問題を認識するのは誰でもできる。重要なのは、問題を特定し、切り分け、個別に解決していく能力である。

サポート費用は、小説 エッセイの資料代に充てます。