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「終わりのこないモノづくり」について
ゲームクリエイターの桜井政博のYouTube動画で、「オンラインアップデート」に関するものを見た。
このチャンネルでは、ゲーム制作にあたっての技術的な部分から、心構えなど周辺の話までいろんなお話があって楽しいのだけれど、もう終盤に差し掛かっているらしい。今回はオンラインアップデートの話。
そもそもオンラインでプレイすることが前提のソシャゲなどは言うまでもないが、ローカル環境で遊ぶのがメインのゲームでも、最近はオンラインアップデートが増えたらしい。
自分がほぼ唯一遊んでいるゲームがSwitchのマリオカートだが、ときどきアップデートされる。最近、やっと「完成」したらしく、アップデートもなくなってしまったのだが、以前はしょっちゅうアップデートがなされていた。
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昔のスーパーファミコンなどのゲームだと、当然ながら一度発売されたソフトが作り直されることはないので、「バグ」はつきものである。発売から何十年も経ったいまでも発見されるバグ技などもあったりする。いまだと、バグがあったらアップデート時に修正されるのが基本だから、よくも悪くもそういったものが残るのは「時代」だな、と思う。
昔、メタルギアシリーズを作っている小島秀夫監督のドキュメンタリーを見たことがある。
これはメタルギアソリッド4というゲームの制作ドキュメンタリーで、2008年発売だから、15年以上前になるのか。ゲームの中身が複雑になりすぎ、万単位のバグが製作陣を苦しめる。当時でさえこんな具合なのだから、いまのゲームになるとさらに壮絶なことになっていることが想像される。
小島監督曰く、「すべての部品が揃ってからの調整がかなり重要だ」と。バグ的な文脈でいってもそうかもしれないけど、ゲームとしてのバランス調整とか、見落としとか、そういう部分だろうか。文章でいうと「推敲」するパートに該当するのだろう。
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小説や音楽などは、常に完成形を聴きながら直すことができるけれど、ゲームだとそうも行かない。部品が全部揃わないと最終形にならないからだ。
バグを検知するのが仕事のテスター、バグを除去するのが仕事のデバッガーなどももちろんいるけれど、ユーザーというのはそういったスタッフとは比較にならないほど膨大にいて、普通の人が想定しないようなプレイもしまくるわけで、なかなかそういったものをすべて網羅しながらやっていくのは難しいのだろう。
そういう意味では、「いったんリリースして、そのあと修正していく」オンラインアップデートはいい方法なんだろうな、と客目線では思う。しかし、制作側からしてみればいわばアフターサービスのようなもので、「オンラインで修正されるのが前提」だとみんなが当たり前のように思っているとたまったもんじゃないな、と。
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そういう最後の微調整が超効いてくるのがものづくりの世界な気がしている。ジブリ作品も、原画マンが描いた原画を宮崎駿がものすごく手直ししているし。
「終わりがくるから頑張れる」ことはあると思うけど、エンドレスに手直しが入るとキリがないな、と。
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