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創作を「プロジェクト」としてみたら、どう見えるのか?

「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」という本を読んだ。アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の劇場版最終作のプロジェクトをまとめた本である。

たまたまAmazonを見ていたら、これが出てきたので、速攻でKindle版を購入した。結構ボリュームがあったのだが、あまりにも面白いので、二日ほどで読んでしまった。

本書は、映画「シン・エヴァンゲリオン」を映像作品としてではなく、「映画製作」というひとつのプロジェクトとして見立て、どういう狙い・戦略をもって製作されたのかを振り返りながら総括する、という内容になっている。

異色なのは、内容そのものにはあまり触れず、本作の予算から実際にどのようなところにお金が使われたのか、各セクションのスケジュール、プロジェクトの組織体制から、宣伝戦略、制作会社であるスタジオカラー社内の席位置や差し入れの内容に至るまで事細かに記されており、書籍というよりは内部資料のような本である。

「いったいどういう層に需要あるねん」と思わずツッコミたくなるような内容なのだが、現に自分は速攻で購入して読破してしまったので、「わかってる」なあ、とも思うのである。

この本を読めば、ロボットアニメでありながら興行収入100億円以上を記録した本作が、いかに「戦略的に」組み立てられていたかがわかるはずだし、マニア層はこういう部分を知りたいに違いない、という想定で作られているので、まんまと釣られた、という感じである。

少なくとも本書を読めば、本書自体が非常に戦略的に作られた本なのではないか、ということがわかるだろう。もしかすると、マニア層だけでなく、カラー社員、同業者にも向けた本だったのかもしれない。

内容としてかなりマニアックでありつつも、重厚な内容となっているので、実際の中身についてはぜひこちらを購入して読んでいただくとして、ちょっと別な角度から語ってみる。それは、監督・庵野秀明という人物像についてである。

庵野秀明という人物を知らない人のために簡単に説明しておくと、90年代に一世を風靡した「新世紀エヴァンゲリオン」というアニメを生み出した人物であり、もともとがアニメーターなのでとっつきやすい人物ではなく、どちらかというと「天才肌」のような人物である。

しかし、以前からネット記事などで、彼の経営するアニメ制作会社「スタジオカラー」は不動産投資なども行い、経営的にはかなり堅実に運営されていると聞いたことがある。

庵野秀明が監督を務めた映画「シン・ゴジラ」や「シン・仮面ライダー」の撮影現場では、独裁者的に振る舞い、現場スタッフや俳優に多大なストレスを与えた存在と言われていたのだが、どうも経営者やプロジェクトマネジメントの面ではまた違った顔を見せていたらしいのだ。

その、「一般の人たちが知らない庵野」を知ることができるという点では、本書はことさらに貴重である。庵野自身が過去作品を総括するという本も過去にあるのだが、本人よりも、周囲の人がどう思っているかを観るほうが客観的で面白い。



面白かったのは、庵野秀明はなるべく多くの人の意見を聞こうとする、というところだろうか。クリエイターはもちろん、ときにはクリエイター以外の人からも意見を募っていたらしい。

確かに、「シン・仮面ライダー」のドキュメンタリーでも、庵野秀明は直接演技などの指示をするのではなくて、俳優本人に考えさせ、徹底的にダメ出しをするという手法をとっていた。

そのダメ出しの量があまりにも多く、採用されないカットが多かったため、「パワハラだ」などとネットでは書かれたりもしていたのだが、本書を読んで、また違う考えになった。

他人に対してはあまりにも理不尽に感じるダメ出しだけれど、これは普段から自分に対してやっていたことなのではないか、と。その試行錯誤の量と質があまりにもすさまじいので、普通の人からすると「やってられない」となるのだけれど、実はそれは庵野秀明が自分に課していたことをそのまま他人にも求めた、ということではないだろうか。

以前、「ゆる言語学ラジオ」というYouTube番組で、出演者が語っていたのだが、「理系は世界そのものを理解し、世界を変えようとするけれど、文系は内的世界に耽溺し、世界がどれだけ変わろうとも自分だけは変わるまいとする」ということだった。僕も基本的にはこの考え方を支持する。

エヴァンゲリオンは、内面世界が多く描かれる作品だったので、つい文系的な世界観を想像してしまうのだけれど、実際には逆だったのではないだろうか。庵野秀明は、他人にいろいろなことをやらせてみせ、意見を募り、「自分を超えたもの」を作ろうとしていたのではないだろうか。

考えてみれば、アニメーションというのは大勢でひとつの目的に向かって進む大規模なプロジェクトなので、自分の世界に閉じこもるタイプでは務まらないだろう。庵野秀明がプロジェクト管理に向いている、経営者の素質がある、というのはかなり意外だった。

ただ、どれだけたくさんの案が出ても最終的に「決める」のは庵野秀明であり、その権限はあえて集中させていたようだ。そのほうがスピーディにものごとが決まるし、「エヴァ」という作品の品質を保つことにもつながる。このあたりの動きは、確かに優秀な経営者のそれである。

僕は、小説家は若いほどエネルギッシュでいい作品を書くが、晩年になればなるほど独りよがりな、過去の焼き直し作品になっていくことを感じている。特に、「若い頃に一世を風靡した作家」などは顕著にその傾向にある。

常に目線を外部に求め、新しいものを取り入れて、取捨選択を繰り返すことをしないと、本当の意味で老成はしないのだろう。庵野秀明の晩年の作品がどうなるか、いまから楽しみなのである。

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