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eスポーツ業界は今後もスポーツとして発展するのか?

とある女性格闘プロゲーマーが差別的な発言をして、炎上したらしい。

炎上しただけならまだしも、その事実を受けてスポンサーが降り、さらに所属するチームから契約解除されるという事態にまで発展したらしい。

インターネット時代においては、四六時中どこかで「炎上」が起きているのだけれど、たとえばYouTuberなどは炎上したところで知名度があがるだけなので、さして本人にとってデメリットはない(それどころか、メリットになるパターンも多くみられる)。

しかし、プロゲーマーというのは、格闘ゲームという「競技」をするアスリートという位置づけなので、こういった配信やSNSなどでの発言には気を付けなければならない、ということだろう。差別的な発言はもっての他だが、これを契機に、コンプライアンスという観点も今後業界では浸透していくのかな、と思っている。
 
これはプロゲーマーだけに限った話ではなくて、業界の過渡期というのはたいていそうなのだろう。

例えば、将棋界を見ても、いまのプロ棋士というのはみんな身なりもきちんとしていて、品行方正な印象が強いが、昭和の棋士というのはもっと破天荒な人が多かったとされる。そういう時代だというのもあるが、対局中にタバコを吸うのは当たり前だし、髪ももっとボサボサで、対局前日の朝まで飲んでいたりとか。

また、いまの棋士みたいに朝から晩までパソコンを使って研究、という感じではなく、事前の研究が難しいので、対策といえば精神統一をして気持ちを高める、みたいな。もっと古く言うと、昭和以前の文壇もそんな感じだし、要するに、そうやって芸事を極めて生きていく人、というのはもとからアナーキズム的というか、ヒッピー的な性質の人が多かったのだろう。

だんだん、競技のレベルがあがっていくにしたがって、ストイックさというか、「それのみに命をささげる」みたいな、ちょっと哲学的な領域まで踏み込む人が増えてくる(そうしないと生き残れなくなるのかもしれない)。もちろん、プロゲーマーの世界もそういう風になりつつあると思うのだけれど、まだそこに移行している段階なのかな、と。

プロゲームの世界を俯瞰して見ると、もちろん競技自体の人気も高く、「eスポーツ」として浸透している一方で、将棋や囲碁、またはサッカーやテニスのような、純粋なアスリートの世界のように発展していくのは難しいのかな、と思う。

なぜなら、コンピューターゲームの世界はしょっちゅうタイトルやシステムが変わるので、ひとつのタイトルを極めても、また別のゲームが出てきたら新しい人が台頭してくる……、という感じなので、同じ人が長期間にわたった活躍をし続けるのはなかなか厳しいのかな、と。

将棋のルールは室町時代にはだいたい決まっていたらしいので、それと比較すると歴史が違うかな、と。サッカーやテニスのルールの歴史には詳しくないけれど、そんな根本的にルールが改定されるようなことは滅多にないのでは、と思う。

逆に言うと、ゲーム業界は新陳代謝が激しいので、新規参入がしやすい分野と言えるかもしれない。いまの将棋の世界だと、プロリーグの制度がカッチリ固まっているので、「才能と努力がない人はプロになれない」世界だから、ちょっとハードルが高い。

eスポーツは、上記のような理由で純粋な競技としては根付かず、どちらかというと人気商売寄りの立ち位置になるのかな、と思った。

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