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死んだ人は何も言わない

統計データや報告書などを読むときに、注意すべき点がある。

そこに書かれてあることをそのまま読むのでは不十分で、重要なのは、そこに「書かれていない」ことを読み取ること、ということだ。
 
よく言われる例を挙げてみる。ある国で、戦闘を終えた戦闘機が、帰還してきたとする。戻ってきた機体の状態をチェックする。当然、被弾している場所と被弾していない場所がある。
 
被弾している場所は、おそらく、これからもよく被弾する場所だと推察される。だから、戦闘機を改良するのであれば、そこを補強すべきだろうか? 

違う。

これはあべこべで、「帰還してきているわけだから、そこに被弾しても致命傷にはならない」のだ。だから、「被弾していない場所」のほうに注目する必要がある。

急所に被弾して撃墜した戦闘機は帰還してこない。死人は何も語らないから、「被弾していない場所に注目」すべきなのだ。

客観的に物事をみて、因果関係を立証するのは難しいな、と思う。

本当に効果があるかどうか? を立証するのは難しい。

僕はほとんど風邪をひかないので、たまに健康の秘訣を聞かれたりすることがあるのだけれど、別にそんなものはなにもない。たぶん、体質で、もともと風邪に強い、というだけなのだ。

だから、僕が風邪を引かないからといって、「どうやったら風邪をひかないようになりますか?」と僕に聞いても、ほとんど意味がない。

たとえば、「早起きすることです」と僕が言ったとして、早起きを頑張っても、残念ながらほとんど意味はないと思う。

因果関係が立証できないからだ。それよりは、よく風邪をひく人に注目して、何をしたら風邪をひくのか、何をしなかったら風邪をひかないのか、を分析したほうがいい(まあ、現代であれば、普通に病院にいくのがいい)。
 
風邪を例に出すと、なにかがおかしいことはすぐにわかると思うのだが、けっこうこういうのってよくあることだと思う。「お金を稼ぐこと」なんかもそのなかに含まれるだろうか。

「こうやったら儲かりますよ」というアナウンスは世の中に溢れているけれど、当然ながら、本当に儲かる方法だったらわざわざ他人に知らせる必要はないわけで、そもそも「こうやったら儲かる」ということが公開されていること自体がおかしいのだが、それを疑問に思わない人もいるらしい

(余談だけれど、僕が昔、ひょんなことで関わったあるマルチ商法の人は、「創業者はもう死ぬほど儲けたから、自分以外の人にも儲けてほしいと思って公開している」「公開していても本当に実行する人は少ない。必要なのは挑戦する勇気だ!」みたいなロジックを展開していた。なるほど、そうくるのか)

死んだ人は何も言わない。成功した人、うまくいった人から何かを得ようとしても、たいていはピント外れの結果に終わるだろう。「語られないこと」に注目するのが大事なのかな、と。

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