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「企業体質」は最初の会社で染み付いてしまう?

これまでに二度の転職をしたことがある。今の会社は就職してから三社目の会社ということになる。

最初の会社と次の会社はグループ会社だったので、カルチャー的には似通っていた。ちなみに出向とかではなく、元の会社を辞めて、グループ会社に自分の意思で再就職したので、一応「転職」という扱いになっている。そんなことをする人はあまりいなかったのだが。

今振り返っても、というか当時からそう思ってはいたのだが、最初に勤めた会社がちょっと異常な会社だった。勤めている最中は身バレの恐れがあり、特定されそうな異常なことは書けなかったのだが、いまは全く関係のない会社なので、何も気にすることはない。なので少し書いてみる。

結構宗教じみているというか、定期的に創業者の開催する凄まじいイベントがあった。僕はとある部門でそれなりに責任のあるポジションを任されていたということで、一応幹部的な扱いとなり、会社のイベントに強制参加させられる場面が度々あった。

なかでもなかなか体験できないのが「護摩ごま業」と「滝行」だろう。護摩業というのは多分わからないだと思うのだが、寺で炎を焚いて、その前でお経を唱えるというやつだ。とにかく熱い。

参考映像:

しかも、その護摩業をやる時間が凄まじく、たしか朝4時前とかそれぐらいの時間に寺に集合して、集団でやっていた。幹部は当たり前のようにやっているので、その空気で慣れてしまう、というようなところはあった。

滝行はさらに凄まじい。滝行というといかにも修行というイメージがあるので、遊び半分でやってみたいと思ったことがある人は一定数いるのではないだろうか。

庭園にちょろちょろ流れているような滝ではなく、割とガチの滝行ができる場所がとある山中にあり、寺の住職と集団でそこに行った。滝とは、要するに断崖絶壁から流れる川のことである。しんどくないはずがない。

参考映像:

川の中に入ったことがある人ならわかるだろうが、夏だろうと氷のように冷たく、足をちょっと入れただけで全身が凍える。そんな状況のなか、滝壺に行って、般若心経を唱えながら滝を浴びるのだ。頭をぶん殴られているように痛いし、そもそも呼吸ができないので死にそうになる。

はじめてやったときは本当に死ぬかと思った。まあ今となっては貴重な体験だと思ったりもするのだが。

それはちょっと極端な体験ではあるが、「仕事の姿勢」は結構最初の会社で染み付いてしまうところがある。僕が個人的に特に感じているのは「コスト意識」の部分だ。

僕が勤めた二社目の会社はベンチャー企業だったが、要するに零細企業だったので、コストに関しては非常にうるさかった。ちょっとでも無駄遣いをしようものなら社長から小言を言われるというような環境だったので、コスト意識はだいぶ染み込んだような気がする。

今の会社は大企業ということもあり、ちょっとコスト意識が希薄なところがある。会社として儲かっているからかもしれないけれど。

なかなか慣れないのは、大企業の精神というか、ロジックである。ビジネスというのは、お互いがある程度歩み寄らないと成立しないことが多い。僕は今まで零細企業に勤めていたので、自らが小回りを利かせてビジネスを成立させることが多かった。

だが、ある程度以上の規模になると自分たちではなく、相手に小回りをきいてもらい、解決してもらうという場面が増えてくる。つまり今までと逆の立場になったわけである。

大企業のロジックとして、「相手に要求を飲ませる」ということが多いのだが、なかなか慣れない。どちらの立場も経験した、というのは自分にとってはプラスだと思うけれど。

もちろん大企業だって小回りを利かせられないことは無いのだが、組織やシステムが大きいので、そうするメリットが薄い場合が多い。なので、結果として相手に小回りをきかせることを強要することになる。

企業の規模や体質によって、求められる姿勢は変わる。これはなかなか面白い気づきだ。もし今後、また転職したとしたら、また違う姿勢が求められるようになるのだろう。

企業体質や仕事の姿勢について、あなたはどう思いますか?

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