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「相手の意図を読んで」いますか?

先日、将棋ウォーズというアプリにおいて、将棋の棋力が「3級」になった。将棋ウォーズは将棋が遊べるスマホアプリなのだが、日本将棋連盟が認定しており、アプリ内でオンライン対戦を繰り返し、特定の級に到達すると、連盟からその級に応じた「免状」を発行してもらえる(その級を証明する、賞状みたいな見た目のもの。当然ながら有料)。

5級から申請可能なので、僕は昇級するたびに申請している。今回も、喜んで申請をした。

将棋そのものは去年の2月からはじめたのだが、約半年後の8月に4級になり、そこから3級にあがるのにまた半年ほどかかった。当然ながら、上がれば上がるほど昇級は険しくなるようで、2級以上にあがるのもそれなりに時間がかかるものと思われる。

しかし、これは趣味なので、時間制限があるわけでもなく、気長にやっていくつもりである。最初は、一年で初段ぐらいにひょいっとなれるものかなと思っていたが、それはとんでもなく甘い見たてだということはわかった。将棋の世界は恐ろしく奥が深いのである。

まだ3級にすぎない自分が言うのもおこがましいのだが、少しだけ、将棋の「強さの秘訣」の片鱗を覗けた気がするので、言語化してみることにする。

将棋には序盤・中盤・終盤というフェーズがある。序盤は自分の作戦に基づき、戦型を整える準備段階。中盤は駒と駒がぶつかり合い、実際に合戦になっていく。終盤は、相手の玉を詰ませる必要があるので、パズルゲームのようになる。

今までは、「中盤の入り口」の組み立て方が結構雑だったのかな、と振り返っている。序盤はセオリーが固まっているので、ある意味それ通りに動かすだけなのだが、読み合いと戦略が必要である。

初心者同士だと、飛車のような強力な駒が飛び出していって相手の陣地で大暴れ、みたいな大雑把な戦略が使えるのだが、ある程度以上の棋力になると、なかなかそうはいかない。

当然、将棋を指し慣れていくと、ある手の戦略パターンが見えてくる。戦型に応じて、定跡とされる指し方があるのだ。なので、中盤の入り口というのは、そういうパターンを駆使して、なんらかの意図をもって指していくことになる。

しかし、ここで落とし穴なのは、「こちらの戦略」のことだけを考えていても仕方がないのだ。将棋は相手がいるものなので、相手も当然、なんらかの意図をもって指してくる。それを無視して、こちらだけ戦略通りに物事が運ぶはずがない。

文字にすると当たり前のように聞こえるが、実際に指してみるとなかなかわからない。こんな簡単なことに気づくのに、一年ぐらいかかった気がする。

中盤の入り口は難しいので、AIなどにかけて、どういう手がいいのかを分析していく。AIが指し示すのは、たいていは地味な手というか、意図がよく見えない手である。何もないところの歩をあがったり、金を寄ってみたり。

しかし、よくよく見ていくと、そこで配置したことが終盤に生きてきて、勝ちに対して間接的に影響を及ぼす、といったことが多い。つまり、しっかりと「良い手」なのである。

将棋というのは相手がいるものなので、「相手の意図を汲み取って指す」のが、中盤のポイントである。つまり、地味だがこちらの模様を良くし、相手の作戦を牽制するような一着が「いい手」なのである。

局所的に駒はぶつかりはじめてはいるものの、まだ本格的な戦闘ではなく、「未然に阻止する」といった意味があるのが中盤の一手なのだ。ここらへんに、地味だが奥深い将棋の真髄が潜んでいるような気がする。

抽象的な言い方になるが、将棋においては「味の良い一手」「筋の良い一手」を指すことが大事、ということになる。これはなんでも言えるように思える。時がまだ熟していないうちに、自分だけ飛び出ていっても、思い通りにいくものではない。むしろ、他人に動きを読まれ、守備よく牽制され、うまくいかないことのほうが多いのではないだろうか。

時期をじっくり待って、やがてくる本格的な戦闘の時に備え、「味の良い一手」を指す。これがコツなんだ、ということである。まあ、それがわかれば苦労しないのだが。

しかし、たとえば事業計画などでは、「自分たちはこういう戦略でいきます」みたいな絵空事を描いている人は非常に多い(自分ももちろんそのうちの一人である)。自分たちがこういう行動をとれば、競合はこういう動きを見せてくるはずなので、それに対してはこういう作戦で……、と、流れを作って読み合いにまで発展させられる人は非常に少ないように思う。

相手をよく見て、それに応じて対応するという点では、現実世界でも応用が効くことだろう。そういった深みを感じながら、将棋を向き合いたいものである。


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