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バランスのいい資本主義者について

営業のノウハウについて体系的にまとめられている本を読んだ。

本書の著者は野村証券でゴリゴリに営業をやっていた方だ。野村証券の営業といえば、「営業の中の営業」というか、そのへんの一般人とは違う、アスリートのような気迫すら感じる。

そういう本なので、「まあ、中途半端なことは書かれてないんだろうな」と思ったら、まさにその通りだった。
 
本書はいわゆるビジネス書と呼ばれるものだ。だいたいどれも書いてあることは似たり寄ったりなので、最近はあまり読んでいなかったのだけれど、たまにはこういう世界観に触れるのもいいかもしれないと思って読んでみた。

確かに、体系的に営業というものを捉えられているので、どこかで読んだような内容ではあったものの、勉強になる部分もあった。そして、野村証券ではこういうゴリゴリの営業が実践できる人が活躍するのだろう……、とも思った。
 
とはいえ、読んでいくと「そこまでするのか……」というのが結構ある。たとえば、営業でテレアポをする際、経営者や担当者に取り次いでもらうためにはまず最初に電話を受けてくれる「受付」を突破しなければならないが、その手法として「経営者と知り合いを装う」などのテクニックが紹介されている。

例えば、事前に経営者にフリーマガジン的なものを送りつけて、「御社代表に情報提供をさせていただいている者ですが……」などと電話をかけるというのだ。そして、実際に経営者につながったら、まずそうやってぶしつけな方法で連絡をとった謝罪から入る、と。受付を突破するよりも、経営者が謝罪を受け入れてくれる可能性のほうが高いからだそうだ。

また、代表番号の下1桁を変えて電話する、などのテクニックもあった。代表番号の下1桁を変えたものを内線電話にしているケースが多いからだそうだ。代表電話ならばガードが堅い場合でも、内線電話ならば担当者につながる可能性が高いのだという。


 
仕事を頑張る人は好ましくあるものの、ここまでいくと「その仕事って、本当に世の中に必要とされているのだろうか?」と思えてくる。もちろん、与えられた環境で結果を出していくことは必要だとは思うものの、そこまでしてとってきた仕事に価値はあるのだろうか、と思えてしまう。
 
こういうことを考えるとき、僕は自分が移動する速度によって見える景色が変わることを考える。普段自転車で走っている道路を、自分の足で歩いてみると、全然違う景色が見えることがある。自転車に乗りながらよそ見をしていると危ないので、見過ごしている情報がたくさんあるのだ。

しかし、自転車ではなく、自動車を運転していたならば、よそ見をすると非常に危険なので、自転車よりもさらに認識の度合いは下がる。高速道路を運転している場合、風景なんてほぼ全く目に入っていないはずだ。
 
本書では、「営業もゲーム性を取り入れて楽しむのがいい」と書かれている。どういう困難な目標であれ、それを分解して、ゲームのようにこなしていくと楽しいのだ、と。

確かにそういう面もあるだろう。しかし、それが「仕事をする動機」だとすると、あまりにも幼稚なような気がする。数字が上がっていく様子をゲームだと思って楽しむのもいいけれど、立ち止まって「その仕事そのもの」について考えることも必要なのではないか。

もちろん、こういうことを考えても、画一的な答えは出ないので、徒労に終わる可能性はあるし、もしかしたら仕事への意欲を削いでしまう結果につながるかもしれない。しかし、たとえそうだとしても、何も考えずに結果だけを追い求めるマシーンになるよりはマシだと思うのだ。

それは、周囲の景色を一切みることなしに、高速道路を走るような行為だと思うので。


 
昔、「オンカロ」というフィンランドの核廃棄物格納場についてのドキュメンタリ映画を見たことがある。

原子力発電所から出る核廃棄物は、明確な処理方法を持たないため、その廃棄場所は常に問題になる。この「オンカロ」では、原子力の影響が出ないほど地底深くに棺桶を掘り、そこに核廃棄物を格納していく。そして、それが「10万年間」掘り起こされないよう、さまざまな工夫を重ねているのだ。
 
北欧は常に先進的な取り組みをすることで知られるが、「目の前の仕事を、ただゲームのように楽しむ」ことだけをしている近視眼的な思考では、こういうものは生まれないだろう。しかし、哲学的な観念にばかり呆けて、目の前の仕事に真剣に取り組まないのも、これまた弊害がある。
 
要はバランスなのだと思う。普段はゴリゴリの資本主義社会の人間でありつつ、ときには立ち止まって、「これでいのだろうか?」と考える時間をもつ。世界中の人々がゴリゴリの資本主義者になったら、あっという間に世界は滅亡するだろう。

バランスのいい人生でありたいですね。

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