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感情を切り売りする「感情労働」について

最近はあまりやらないのだが、昔は営業で知らない会社に電話をかけるのが嫌だった。僕はゴリゴリの営業として仕事をしたことはないのだが、新規事業を担当することが多かったので、プロジェクトの初期段階では一人でいろんなことをしなければならず、当然営業の真似事のようなこともしていた。

まあ、仕事なので割り切ってやっていたものの、企業相手とはいえ、知らないところにいきなり電話をかけて要件を取り付けるというのはよくよく考えると異常なことなので、心理的なプレッシャーはそれなりにあった。
 
電話をかけることに慣れておらず、苦手としている人は増えているらしい。まあ、送信しっぱなしでも成立するメールと違い、双方向にコミュニケーションが発生することなので、確かにメールよりはハードルが高いが、これは「慣れ」の問題もあるのかもしれない。

電話での「督促」を生業とする人の書いた本を読んだ。

「督促」というのは聞き慣れない言葉だが、辞書を引くと、「約束を履行するように促すこと」らしい。著者の勤め先はカード会社のコールセンターで、早い話が、カードの入金が遅れている人に電話をかけ、入金を催促する、という仕事のようだ。

もちろん、一般的なセールスと違い、相手が使った代金を払えという内容なので、きちんと正当性があるのだが、開き直った利用客から罵詈雑言を浴びせられるのは当たり前、ときには待ち伏せされたり、爆破予告までされたりするという過激な職場らしい(そこまでいくと、恐喝というか、普通に犯罪だと思うが……)。

実際に働いている著者によれば、「誰からも感謝されない仕事」とのことで、精神的に病んで退職していく人も後を絶たないのだという。そんな中、著者は壁にぶちあたってもめげずに仕事を続け、さまざまなことに気づく。
 
督促って、そんな仕事があることは考えたこともなかったけれど、なかなか奥深い。電話で入金をお願いすることなので、交渉の一種であるとは思うのだが、やっていることは「促す」ことだけだ。

漫画「闇金ウシジマくん」では、闇金業者であるウシジマくんが、「何があっても」貸付金を取り立てるのだが、もちろんカード会社のコールセンターはそんなことはせず、ただ電話をかけて催促するだけ。でも、そこには百戦錬磨のコールセンタースタッフがいて、さまざまなテクニックを駆使して、客をなだめすかし、時には脅して、入金の約束を取り付けるのだ。


 
実際、日常生活を振り返ってみると、交渉に見えるようなことでも、実態は「お願い」、「督促」でしかない、ということは多い。交渉というのは、「こうしてください」だけでなく、「こうしないというのならば、こうしますよ」と敵対することもあるが、督促はあくまで「お願い」するだけ。

でも、ことを荒立てずに目的が達せられるならそれに越したことはなく、たとえ小手先のテクニックの積み重ねであったとしても、そこには偉大な叡智が詰まっているものなのかもしれない。

著者は、この仕事を「感情をすり減らす『感情労働』だ」というが、確かにこれは機械では代替が難しいかもしれない。「人間がやるべき仕事」として、この仕事が最後まで残ったりしないように……祈ります。

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