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高級ブランド志向について

服のブランドにはほとんどこだわりがない。高級ブランドのお店なんて入ったこともないし、入りたいと思ったこともない。

類は友を呼ぶとはよく言ったもので、自分がそういう性格だから付き合う人も、自然と似た価値観の人が多くなる。
 
服のブランドに一切こだわりがないので、要するに何でも良いのだけれど、ネットで適当に買った服だと品質が悪くて後でがっかりすることがよくある。

写真の見た目だけで買うのでサイズが合わないこともあるし、買った当時は良くても使っているうちにほころびてしまう、などということ頻繁にある。
 
そういう点で行くと、ユニクロの服はいいと思う。価格に対しての品質がいいからだ。簡単にダメにならないし、機能性が高い。価格と比較すればかなり安いと言う点で非常にリーズナブルだと思う。
 
しかし、ユニクロの商品であるからといってすべての商品が高品質でリーズナブルかというとそんなことはなく、相対的にコストパフォーマンスの低い製品もあるはずだ。しかし僕は素人なので、この素材でこの値段は高い、などの判断はできない。だから、ユニクロの服だったらとりあえず安心か、という感じで決めてしまうことが結果として多い。

ということは、僕はユニクロのブランドを信仰している、ということになる。高級ブランド志向でないのは確かだけれど、「ユニクロブランドの品質」を無条件に信じているからだ。

仮に洋服の素材と価格を分析しているYouTuberなどがいたとして、その人の意見を参考に服選びをしたとする。その場合も、ユニクロブランドを疑う代わりにその人の意見を鵜呑みにするわけだから、形は違うけれど一種のブランド信仰と言えるだろう。

どういうブランドを信仰するかの違いだけであって、結局、「何かの権威を信じる」というのが人間の性質なのかもしれない。
 
あらゆる情報を一列に並べて、肯定的な情報と否定的な情報を精査し、どれが真実か? と比較していくのが真にブランドに依存しない生き方なのかもしれない。しかし、当たり前だけれど、すべての買いものでそんなことをするほど暇ではないので、最終的にはなんらかのブランドを信じざるを得ない。
 
高級ブランド志向の人の考え方が、こうすればなんとなくわかるような気がする。要するに、ある程度お金持ってるけれど、どうすれば高級品が手に入るのかがわからない、という人が、一般的にも「高級だ」とされているブランドに頼るのだろう。高級ブランドが出しているものを身に付ければ、誰が見てもそれが高級ブランドだとわかるから便利だと言うわけだ。

本当にお金を持っていて時間のある人は、本当に自分が気に入った素材やデザインなどを吟味した上で服を選んだりするのだろう。

それぐらい、時間や金銭的なゆとりがあって、はじめて「高価なもの」を身に付けられるのかもしれない。

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