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有事の際のインターネットの「読みかた」

コロナ禍に入って、しばらくTwitterを見る頻度が激減していた。以前は、一日もツイートしない日がないほど張り付いていたのに、ここ2年ほどは、数日に一度見たらいい方で、ほぼ全く見なくなっていた。

理由は明白で、Twitterに流れてくる情報に「胸焼け」してしまい、見たくなくなってしまったからだ。最近はさすがにコロナ禍が日常になってしまったけれど、この生活に入りたての頃は変な陰謀論とか、政府を批判するツイートばかりが目について、なんともいやな気持ちになったものだ。

最近は、さすがにそういったものも減ってきていたので(それでもゼロではないが)、ちょっとずつTwitterのタイムラインを見ることも増えていた。
 
と思っていたら、また衝撃的なニュースが飛び込んできた。ロシアがウクライナに軍事侵攻をかけたというのだ。

瞬く間にTwitterのタイムラインが荒れていった。Twitterの機能として、他人のツイートを自分のツイートと同列のタイムラインに表示できる「リツイート」というものがあるのだが、これを使うと、ツイートがどんどん一人歩きしていってしまう。

自分がフォローしている人のツイートで、「これは共有したい」というものをリツイートするのが本来の使い方だと思うのだが、リツイートされたツイートは、それを見た別の人によってさらにリツイートされていく傾向にあるので、連鎖的にどんどんリツイートされていくと、自分のフォロー・フォロワーの枠を超えて、指数関数的に拡散していってしまう。

しかも、そういうのはだいたい感情的エモーショナルなものが多く、妙に刺激的な内容のものばかりだ。感情に訴えかけるものを見ると、「これは共有しなければ」という本能が働いてしまうのだろうか。


 
外国に行った際、詐欺や犯罪に巻き込まれないための鉄則として、「話しかけてきた人についていかない」というものがある。特に、日本人があまり多くなく、かつ英語が通じにくかったりする地域の場合、不安なので、日本語で話しかけられたりすると、安心して無条件で信頼してしまう。これが危険だ、とよく言われる。

しかし、仕事で海外にしょっちゅう行っていた身としては、これと逆のことも言える、と思う。つまり、「こちらに話しかけてこない人には、話しかけてもいい」のだ。要は、向こうから話しかけてくる場合は、なんらかの企てをもって話しかけてきていることが多いのだが、こちらから話しかける分には、問題がないケースが多い、ということだ。どんなに治安の悪い場所でも、善良な人のほうが多いケースがほとんどなので、そういう理屈になる。
 
情報の取得も、それに似ている。向こうから一方的に飛び込んでくる情報というのは、なんらかの「意図」があるとみて間違いない。なんらかの組織が利益のために拡散しているか、フェイクニュースということもある。

一方、こちらから探してきた情報は、まだマシなことが多い。さらに、感情に訴えかけるものではなく、歴史的な経緯を踏まえて、論理的に書いてあるとなお良い。Twitterというのは情報収集手段としては最悪で、政府の公式ツイートをチェックする程度ならまだしも、どこの誰が発したのかもわからない、流浪の末にリツイートされてきた情報なんてのは、ほぼ確実に信用できない情報だろう。

まだ、自分でgoogle検索をかけて調べ物をしたほうが、googleの検閲もパスしている情報だし、安全かな、とは思う。


 
インターネットよりも書籍のほうが情報の精度は高いが、今回のウクライナ情勢のように、急速に展開していく物事に対しては書籍が間に合うはずがないので、ネットで情報収集をすることもあるだろう。

しかし、「わかりやすい、感情的な情報」は、たいていうさんくさい情報だ、ということを念頭に置く必要がある。

何度も何度もわからない専門用語を検索にかけながら、少しずつ理解していくのが「インターネットの読み方」なので、もしSNSを中心に情報にあたっているのなら、そういう情報収集に早めにシフトしたほうがいいだろう。

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