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戯曲「ウォーターフロント」 01(始)/06

この戯曲は、川岸にいる様々な断片的な出来事や思いを羅列している。
人の点(一瞬)を連続で描き、線(川/時間/街)を引いた。
川では多くのもの/ことが流れてくる。けれどその全てを掴むことはできない。


本編

◆1場 川辺にて 【夏】

・登場人物

女1
見物客(ヌートリアを見る見物客)

老人1(生き物が好き)
女2・女3(大学生)

サラリーマン
利信・朝子(カップル)
小学生を連れた母親

サッカー少年
ミュージシャン志望
川の清掃員 男・女

野鳥の会
殺し屋

修学旅行生(グループ)
釣り人
修学旅行生(女)

老人2・老人3・老人4(ゲートボールをする)


何もない空間。
やがて、大きな川が流れ始める。

沈黙。

川にはたくさんの生き物がすみ始める。虫、魚、鳥、ネズミ…。
長い沈黙。
川のほとりに男が現れる。

男 セール中のスーパーで買ったなにかしらの白和えを口にしながら、それの咀嚼と記憶の反芻を交互に行う。確かにあの子は死んでしまった訳だけれど、それについて僕は完全に無関係な立場だったし、なおかつ白和えは美味しい。誰かのことをおもうことは、いい人の証、だと習ったので、ネットで知った情報だけで思い出話を始めた。

川の彼岸に女1が現れる。

男 続けてしばらく、季節を越えたあたりで本当に知人だったように錯覚し始めた。西日が短くなるにつれて、暗闇が長くなるにつれて、あの子の気配は増していく。そういえば夏から先は、幽霊の季節ともいいますね。怪談はこれからが本番なんですよ。知ってました? さっきは紫色のペンで、手帳に何か予定を書き込んでいた。冬になったらしたいことがあるのだ。 

男は水に触れることができない。

男 発色のよい記憶を、くすんだ箱にまぶして可愛らしくデコレーションしてみた。思いを込めたそれを、いつかプレゼントしたいと呟く。けど、もう友達にもなれない。

男、向こう岸に手を振る。
女1、男の存在に気がつく。

女1 対岸から、若い、いや、おじさん?男の人がこちらに手を振っている。え、知り合い?、私、かなあ、と思いつつ反射で手をあげると、横にいた女の子がこう、優しく手を振り返していて、はは、こういう勘違いって結構恥ずかしいっていうか、あれですよねあれ。割と勢いよくスって、しちゃったし。はは。すぐに下ろしたけど、若干上げてしまった腕がこう、バツが悪そうにしているを見て、自分の身体を気の毒に思う。筋肉のムダ使い、というフレーズが頭をよぎった。でも筋肉って負荷を与え続けないとすぐに衰えてフニャフニャになってしまうから、こういうある種ちょっとした遊びを入れることはむしろ、長いスパンで考えたら悪いことではないのかもしれない、なーんて…思って…。
見物客 あ、ヌートリア!

ヌートリアが泳いで、女1の川岸に現れる。
見物客が増え始める。「わー」「すごーい」「ヤバい」「キモい」などを言いながらスマートフォンで写真を撮り始める。
女1もそこに加わる。
以降、舞台上には度々人間が通りかかるようになる。川の日常を作る。
この間に男、退場。
ヌートリアは草を食べ続ける。時々移動して、また草を食べる。見物客もそれに釣られて移動する。
見物客は次第に減っていく。
自転車を押した、老人1だけが残る。

老人1 かわいい…。

自転車を止めて、しゃがみ、「チチチ」と呼ぶが寄ってこない。
対岸、女2、女3がその様子を見ている。

女2 いや、おじいちゃんの方が可愛いわ。
女3 え。
女2 だってそうでしょ。
女3 あー…。

間。老人1、ガラケーで写真を撮っている。

女3 いややっぱ分かんない。
女2 あーそう。
女3 うん。
女2 …かわいそうだね。
女3 え。
女2 この魅力が分からないことが、かわいそう。
女3 わかりたくもないよ別に、ただのジジ専でしょ。
女2 違う違う。
女3 え。
女2 恋愛対象とかではないから。それは本物の枯れ専の人たちに失礼だから。わたしは愛でるだけ。
女3 …ん、同じじゃない。
女2 ジジ専は、とか枯れ専は、なんか、性的な匂いを含んじゃう。
女3 ああ、あれそういうものなの?
女2 わたしの中ではね、他がどうとか社会とかは知らん。
女3 へー。…ああ、じゃあグランドファザコンってことだ。
女2 …なにグランドファザコンて。
女3 グランドファザーコンプレックス。
女2 …そんな日本語あるの。
女3 英語でしょ、なに言ってんのウケる。
女2 いや、そういうことじゃなくって。
女3 ああ、まあ、おじいちゃん子でいいか、シンプルに。
女2 …ああ、うん、そうだね。

少し間。

女2 わたしは、おじいちゃん子です。
女3 なるほどねー。

ヌートリア、以降、時々草を求めて互いの岸を行ったり来たりする。
サラリーマン、女3とぶつかりそうになる。

女3 ああ、ごめんなさい。
サラリーマン …。

サラリーマン、川を見ている。

サラリーマン みなも。minamo。水面。地下鉄に乗っていた、時に窓の外から見えていた、景色と同じ色してんなあというのが率直な感想だった。みんな知っていると思うけど、俺忘れっぽいタチだから、ああ、この気持ちを忘れないうちに形に残したいなあと思って、久しぶりにグラフィティでもやろうとしたんだよね。でも、人多すぎてさあ、ここ。こういうのって隠れてするもんだからさ、や、ちょっと、勘弁ですみたいな。でも、あ、もう油断したら忘れちゃいそうになっていて、あ、ダメダメすり抜けそう。でもその困った現状をただ単にネットに上げるのはもっとダサい。
あいにく電気には興奮できないタチなんだ。
禍々しい太陽のやつはちゃんと仕事をしていない。彼の仕事は光を放つことだ。そして出来損ないをその笑顔で焼き払うことだ。なのに彼は水面の汚れすらも透過することができないじゃないか。じゃあ地下と変わらない。なんで! 俺は底が見たい!

サラリーマン、よろける。

サラリーマン …頭が痛い。昨日飲んだ酒はあまり体に合わなかったせいだ。血が、自分のものじゃないみたいに暴れ回って言うことを聞かない。心臓の鼓動のたびに頭に電気が走る…電気!? 電気!? 脳は電気信号によって伝達される…水辺はヤバい水辺は。…うわあ!

サラリーマン、体内の電気信号に痺れている。そんな気がしている。
サッカー少年たちが現れる。練習を始める。
カップルの利信と朝子が歩いている。

朝子 逆だった産毛がタワシを通り越して剣山みたいになるところも含めて、すごく好きです。最愛という言葉を、本当に使う日がくるとは思いませんでした。あなたと歩くいつもの散歩道はアスファルトで埋め尽くされているわけですが、さすがは都会っ子、この先の道も永遠に同じ材質で続いているみたいな世間知らずの顔をしていますね。土だってレンガだってあるはずなのにね。 歩いても歩いても終わりがこないことに慌ててしまうこともあるけれど、もしあなたが手を握ることで私を傷つけてしまうと恐れているのなら、どうか怖がらないでほしい。傲慢でない命に価値はないのだから。

利信、立ち止まる。

利信 [靴]紐が。
朝子 ああ、うん。

利信、屈む。しかし上手く紐を結べない。

朝子 …なに、え。
利信 手汗が酷くて、すべって。
朝子 え。や、今日暑いけど、っていうか、え、汗かいてた?
利信 手のひらだけ、ほら、すごいの。
朝子 うわ。なんで。…わ、ちょっと触んないでよ。
利信 へへ。
朝子 やめてって。

利信、結べない。

朝子 私やろうか。
利信 え、いいよ。
朝子 私がやるよ。

朝子、靴紐を結び始める。

朝子 …なんで固結びしてんの。
利信 だから、手が滑って。
朝子 なに、もー全然取れないんだけど。

対岸、ミュージシャン志望、スピーカーを持参し、音楽を流し始める。[Earth, Wind & Fire - September ]
時々歌うが、あまり上手くない。
通りがかりの川の清掃員2人(男・女)、途中で、歌を聞き始める。
弁当を食べていた殺し屋に電話がかかってくる。

殺し屋 はい。はい。…ああ、殺していいよそれ。うん。はーい。

野鳥の会が団体で、野鳥を観察しにやって来た。
修学旅行生のグループが通りかかる。
釣り人が現れる。
通りすがりの人は、カップルの様子を怪訝そうに見ている。

利信 …めっちゃ恥ずかしいな。これ。
朝子 動かないで、あとちょっと。
利信 恥ずかしいっていうか、なんか、こう、すごい亭主関白っていうか、そういうのだと誤解されるんじゃ。
朝子 いいよ別に。どうせ一生会わないんだし。

人が歩いている。

利信 会わないかなあ。
朝子 会わないよ。

人が歩いている。各々、自分の時間を過ごしている。
少し時間がたつ。

利信 …なあ、前もこういうことあったよね。
朝子 ないよ。
利信 え、絶対あったって。こんな感じで、川で。
朝子 ないよ。やってたら覚えてるよ、こんなこと。
利信 うそ、あれー。
朝子 多分それ前の人でしょ。

朝子、結び終わって立ち上がり、先に歩き出す。

利信 違うよ絶対あったって。…え、なにキレるの早くないですか?

利信、朝子、退場。
殺し屋に再び電話がかかってくる。

殺し屋 はい。どうしたの。…そっか、初めてなんだお前。

殺し屋、しばらく相槌を打ちながら、電話相手の新人の話を聞いている。

野鳥の会 (川に生息する鳥の説明をしている。)–––頭にちょっと緑のアイシャドウ塗っているみたいになってるんですけど、双眼鏡を持っている方、ちょっと探してみてください。(以下の殺し屋のセリフ中も説明を続ける。)

修学旅行生(女)、グループから離れ、1人になる。

殺し屋 …温暖前線と寒冷前線が最適なタイミングとパワーでぶつかることによって、タイフーンができるんだよね。それってさ、運命だと思わない?
…俺さ、30年前のタイフーンが来た時のことすっごい覚えてて、知ってる? あ、やっぱ知らない。まあデカイのが来たの。そう…で、川がね、ああ、いま実際にいるんだけどさ、川、そう、それ、うん、え飯食ってんだよ、や別に、うん。ああ、でさ、この川って、その時起きた増水でできたやつなんだよね。タイフーン。太古の昔からずっとありましたーて顔してるけどさ、ほんとは全然歴史がない川なんだよね。うん。タイフーン。うん。タイフーン。うん。
山ごと崩れて、前の、流れる先を全部塞いじゃってさ、で堤防も壊れて、全部下の街、つまりこちら側に流れてきて…うん。
前はね、ああ、以前はね、その前に川流れてた方の街が、賑わってたんだけど、でもさ、今もう全然こっちじゃん。うん。新しい道ができると、生活変わっちゃうからさ。うん。人の流れが変わっちゃうと。うん。
まあそれと同じだと思うんだよね。タイフーンができたのも運命だし、この川ができたのも運命だし、お前がそいつの担当になったのもきっと運命なんだと思う。星の数ほどある人間の中で、お前たちは出会ったんだよ。つまりそれはお前がやることで、初めて意味が生まれる仕事なんだよ。うん。だからさ、とっとと殺しけばいいんだって。な。大丈夫だって慣れると案外平気だから。うん、うん、はーい、じゃあよろしくー。

殺し屋、電話を終えて、弁当を再び食べ始める。
野鳥の会が、川辺を散策している。
ミュージシャン志望、歌う曲を変える。[Change the World - Wynonna Judd]
老人2、3、4が現れる。ゲートボールをやりにきた。

老人2 60代でも演歌は嫌いな人間はいる。
老人3 嫌いじゃないが聞かない人間もいる。
老人4 俺は好きだから、そういう話はするな。この話はもうおしまい。

老人2、3、4がゲートボールをやり始める。
長い時間が経つ。

修学旅行生(女) みんなのことがあんまり好きじゃないことがバレてしまった。ぼんやりしていて、脳からトロっと漏れた。別行動になった後、自販機で買ったペットボトルの水が腐っていて、口に含んだ瞬間すぐに吐き出した。自分の生まれた季節は、夏は、汚いものが増えすぎる。生命はとても臭いものだ。 …苦味がまだ舌に残っている。

修学旅行生(女)、川べりに座りぼんやりしている。
サラリーマンが痺れている。
小学生の子供を連れた母親が、サラリーマンの近くを通りかかる。
母親、若干早足になる。
川の清掃員2人(男・女)、拍手をして、Change the Worldを歌い終わったミュージシャン志望に近づく。

清掃員(男) いいね。
ミュージシャン ありがとうございます。
清掃員(女) 兄ちゃん、時々見るな。
ミュージシャン そうですね。最近始めたんですよ。
清掃員(女) 歌うのを?
ミュージシャン そう。
清掃員(女) いいわねえ、若いって。
清掃員(男) 俺でも知ってるの多くて楽しいよ。わはは。
ミュージシャン メジャーなのが好きなんですよね。
清掃員(男) オールドロックンロールもいける?
ミュージシャン ぶっちゃけ全然詳しくないんですけど。でも僕が生まれるちょっと前くらいのって、良い曲多いんですよね。
清掃員(女) この人昔音楽やってたんだよ。
ミュージシャン へえ、そうなんですか。

少し間。

ミュージシャン …歌われてたんですか?
清掃員(男) いや。

少し間。

ミュージシャン …え、なにやられてたんですか。
清掃員(男) え。
ミュージシャン 楽器。
清掃員(男) ベース。
ミュージシャン へえ。

間。

ミュージシャン …なんか歌います? 知ってるやつだったら、やれますけど。
清掃員(女) あ、いいね。ね、どうしようか。
清掃員(男) 俺タバコ忘れたから戻るわ。兄ちゃん悪いな。

清掃員(男)、ポケットから小銭をミュージシャン志望に渡して退場。

清掃員(女) え、あれ、ごめんなさいね。

清掃員(女)、退場。
ミュージシャン志望、渡された小銭を数える。

ミュージシャン …ファミチキも買えねーじゃん。

修学旅行生(女) 時間があると頭だけが動いて、妙な想像をしてしまう。腐った水は私の体内で繁殖して、身体ごとドロドロに腐敗させていく。清潔になりたいと、ただそれだけを祈りながら蛇口をひねるが、消毒された水道水は、ドロドロを押し流していくだけで、溶かすことはできなくて、どんぶらこを続けて、やがて海に出る。底へ沈みながら魚やエビ、プランクトンが寄ってたかってつっついてくるので、人生で初めて『モテモテ』を体験するのだった。腐敗臭はフェロモンに変わっていた。…夏だ。

サラリーマン、痺れ終わる。

サラリーマン …今日はとりあえずのところアデュー。

サラリーマン、退場。


(続)

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