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【読書】未来への希望は生きるということ フェルディナンド救出作戦 本好きの下剋上 第五部 女神の化身Ⅷ

注意

 ネタバレがあります。ネタバレ禁止の方はあらすじを避けて読んでください。

本好きの下剋上 第五部 女神の化身Ⅷ
〜司書になるためには手段を選んでいられません〜
香月美夜

この巻のあらすじ

 始まりは領主の弟がいる隣の大領地から。主人公は騎士を多く有する大領地の協力を得て、領主の弟救出作戦を決行します。国境門を開け、領地の礎を奪い、ついに彼を救い出すことに成功しました。次は侵略者から故郷を守る防衛戦に参加します。

親の愛情という名の

 ジルヴェスターを殺せなかったことを残念に思いながら、ゲオルギーネはアーレンスバッハに嫁いだ。それからは生きているのか死んでいるのかわからない結婚生活を送っていた。アーレンスバッハで権力を握ることも考えてみたが、全く熱を持てなくてつまらない。退屈で無意味な時間が過ぎていく。
 ……第一夫人になって、領主会議でジルヴェスターの上に立てば少しは楽しめるかしら?
 ふと思いついたゲオルギーネはアーレンスバッハの第一夫人になるための暗躍を始めた。計画は順調に進み、ジルヴェスターを跪かせることに成功した。それなのに、大して溜飲は下がらない。やはりエーレンフェストをこの手にしなければ満足できないようだ。
(p626 エピローグより引用)

 この巻で私が最も注目したのは、アーレンスバッハの第一夫人視点によるエーレンフェスト侵攻までの振り返りでした。ずっと気になっていたので読めて嬉しかったです。

 読後、率直に思ったのは、こうしてアーレンスバッハの第一夫人は両親に負けてしまったのか、ということでした。策士の彼女がエーレンフェストの領主になれなかったことが、どこか疑問だったのです。負けたのは、弟にではなく、愛情を願った両親だったのだと知って胸が重くなりました。

 それでも私はやっぱり彼女に共感できません。したくない、というほうが正しいでしょうか。彼女と親の関係は、私と母を想起させます。親愛、信頼、夢、正義、努力。少しずつ奪われていく様に、子どもは親の道具じゃないと思いました。弟のために優秀になったのではないと嘆く彼女を見て、小さな私が叫びました。いい子になりたかったんじゃない、いい子にさせられたんだと。私の中に恨みだけが残ったように、彼女の場合、そうして最後に残ったのが執着だったのでしょう。だから、執着にしがみつくしかなかったのかもしれません。

 アーレンスバッハの第一夫人は過去の私の姿です。それも決別したい私の姿。だからこそ、彼女に親近感を持ちつつも共感できませんでした。両親への恨みは未だ私の中にグルグルと渦巻いています。一方で最近、少しずつ彼らに感謝できるようになってきました。そんな自分を幸運だと思うからこそ、私はあえて彼女に同情なんてしません。

生きるとは

 ……それにしてもローゼマインは自分の望みのままに生き過ぎではないか?
 呆れる気持ちが半分、驚愕するエアヴェルミーンを想像して愉しい気持ちが半分。私は少しだけ唇を歪める。
 そこでふと死にかけていた時に思い出していたイルムヒルデ様の声が蘇ってきた。
「貴方に自分の望みができて、それを得るためや守るために生きられるようになれば良いですね」
 ……ふむ。望みのままに生きるのも悪くない。
 気分が戻ってきたのか、先程と違ってそう思った。
(書き下ろし 望みのままにより引用)

 実は、登場人物の中で、私が最も共感するのは領主の弟だったりします。共通点が多いのは主人公とアーレンスバッハの第一夫人でした。彼は、思考の向きや行動が似ています。違いは、私が自分を優先する一方、彼はいつも他人のことばかりで自分を蔑ろにすることでしょうか。

 それが、この人はいつ死んでもおかしくないと不安にさせます。その分、徹底した努力の賜物か、国も神にも背いて大事にしてくれる主人公や彼の側近たちが救いでした。本人は理解していませんが、ここも私とよく似ています。

 大げさかもしれませんが、未来に対して希望を持つということは生きる覚悟を持つということだと思うのです。もちろん、アーレンスバッハの第一夫人のように、恨みや執着にすがって生きることもできます。しかし、それは本当に生きているといえるのでしょうか。生きるということは前へ進むということ。後ろを向いたまま前には進めません。かといって、すがるものさえ失くしてしまえば、それこそ生きる意味も無くなります。

 だからこそ、辛うじて生き長らえていた彼が前を向いたのを、書き下ろしの中ではっきりと書かれていたことに胸がほっこりしました。主人公視点からの、思い切りよい言動が面白おかしく描かれている彼も十分好きでした。しかし、今までの反動から魔王様どんどんやっちゃっえ! と後押ししたくなってしまいます。まだまだ戦いの緊張感は続きますが、この後の主人公と彼が楽しみでなりません。

全体のあらすじ

 本が大好き、本狂いの主人公が平民から貴族、領主へと成り上がっていく物語です。第一部では日本人女性から異世界で兵士の娘となり、状況に戸惑いつつ日々の奮闘の中で、家族と幼馴染との関係が作られていきます。第二部では兵士の娘から巫女見習いとなり、身分や魔法など世界の仕組みを学びながら、家族たちとの愛情を深めていきます。第三部では巫女見習いから領主の養女となり、平民から貴族への変化に戸惑いつつ、新しい家族や臣下たちとの関係を模索していきます。第四部では中小領地の貴族として、王族や他領の貴族などと関わっていきます。第五部では人並み外れた才能により、王族へ取り込まれそうになりますが、最終的には領主として落ち着きました。

全体の感想

 良くも悪くも、何度も読み直したくなります。

 ネット小説からの書籍化なので、「小説を書く」という点では基本も守れていません。唐突で矛盾があったり、過不足があって読みにくかったり、中途半端でモヤモヤしたりすることがあります。スムーズに読み進めることができず、何かがひっかかるたびに、何度も戻っては読み直しを繰り返しました。

 一方で「物語を作る」のがうまいです。世界観や人物の設定がしっかりしているので、それぞれのエピソードが合理的で、ちょっとしたセリフにも説得感がありました。物語が生き生きしているので、とても長いお話なのに中だるみするどころか、結末まで読み切ってもまた読みたくなります。「本好きの下剋上」に出会って五年以上経ちますが、未だ夢中にさせてくれるので、すごいなぁと感じています。

参考リンク

・本好きの下剋上 第五部 女神の化身Ⅷ
〜司書になるためには手段を選んでいられません〜

Amazonの商品ページです。まだ買ってないよという方はここからどうぞ。ちなみに次の巻は8月10日発売だそうで待ち遠しいです。

・「本好きの下剋上 〜司書になるためには手段を選んでいられません〜 」特設サイト
書籍以外に漫画やドラマCDなどもあります。興味を持った方はぜひ!

・小説家になろう 香月美夜 さんマイページ
「本好きの下剋上」のネット版が読めます。他作やブログなども見ることができます。ここで感想を書くと作家さんに直接届くかもしれません。

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