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時空を超えて誰だよ選手権
本を読んでいる時、近くにある紙切れを栞として挟むことがよくある。
一応、お気に入りのブランドタグや撮影用フィルムの切れ端を栞としてストックしているのだが、読書を中断したい時にわざわざそれらを仕舞ってある場所から出してくるのが億劫なのだ。だから使用済みのメモ用紙とか、さっき行った買い物のレシートとか、くちゃくちゃの付箋とか、そういう机の上にあるどうでもいいものを使ってしまう。
最近はもらった名刺を捨てずに机に放置していたのがあって、それをよく使っている。
まだ福岡に引っ越してきたばかりの頃だ。天神のあたりを歩いていたら声をかけられた。住宅系の企業のユニフォームを着ている女性で、社員だろうか。
「すみません、今アンケートとってて!5分!5分だけでいいんで!!」
これは5分と言いつつ長くなるパターンだ…と思い、あ、すみません、と言いつつ立ち去ろうとした。
が、相手が謎の粘りを見せてくる。満面の笑みで全然諦めてくれない。
相手の年齢は自分と同じくらいに見える。だとすると若手社員かな。声掛けのノルマとかあるのかもしれない。
なんとなく同情の気持ちが湧いてきたのと、ニッコニコに気圧されてしまって5分だけ付き合うことした。ビルのエントランスに案内される。
アンケートは「福岡で住みたいおすすめの街」についてだった。
いや、まだ引っ越して一週間なんだが。聞く人たぶん間違ってるよ。
「ハハハ!じゃあ今住んでるとこでも書いといてくださいよ!」適当な人だ。好感の持てる適当さ。
アンケートを入口として延々営業トークを聞かされるのかと思っていたが、置いてあるチラシやポスターを見る限り高級マンションの類を売る人達のようだ。さすがに若造にマンション買えとは言わんだろうということで安心する。
記入しようと思ったが渡されたペンが写らない。ペン立てにある他の数本も試したが全部かすれた。適当な彼女はそれ全部写らんでしょ、と言って笑い、奥に予備のペンを取りに行った。外れしかないくじだった。
ちゃんとインクが出るペンを得てさっさっと記入する。昔からボールペンで字がきれいに書けない。鉛筆と比べて滑りすぎてしまうから、字が常にフライングしてペン先から出てくる。
書きながらその人と少し会話をする。この4月から大学院に入ったんですよ、と言うと、私新卒だから同い年です!と返って来る。入社数日でこんなキャッチみたいのやらされるのか。大変だ。
「福岡なら△△大学とかですか?私全然福岡じゃないですけど〇〇大で〜」
「えっ、自分は福岡来たの大学院からで、学部の4年間は○○大です」
「えっ」
「えっ」
同級生だ。福岡から遠い所にある大学なのに。
偶然の一致はコミュニケーションにおけるボーナスアイテムである。今回は大当たりを引いた。
こんなことあるのかと二人で地味な興奮を分かち合う。その勢いのままお互いに共通しそうな知り合いを出していくが、まったく一致しない。なんでだよ。
フィクションだとここからストーリーが広がっていきそうなものだが、急に失速すると逆に現実が際立つ。
ひとしきり喋ってアンケートも書き終わった後、「なんかせっかくだから名刺渡しとこ」と、おそらくその人のファースト名刺を頂いた。内心これもらってどうすんだと思ったが、変な出会いの記念にありがたく頂く。
新社会人頑張って、と言うと、研究頑張れ、と返って来る。ビルを出た。新しい土地、ちょっと面白いかもしれないと思った。
…ということがあり、その時の名刺である。今後会うこともないので確実にいらないのだが、なんとなく捨てられなくて気づいたら栞になっていた。
このままスタメンブックマークとして使っていってもよいが、文庫本を外に持ち出してこの栞を使っていたら確実に変だ。誰かになんでそれが栞なのと聞かれたら説明できる自信がない。どうしよう。
そのうち本に挟んだまま本棚に戻して行方が分からなくなりそうな気もする。なくすまで使い続けてみようか。挟んだことを忘れたまま、気付かず本を誰かにあげたりするかも。
これ面白いから読んでみてと人に渡す。感動して涙が止まらないと話題の小説だ。読む前に心の準備が必要である。もらった人は休日に気持ちを整え、覚悟を決めて読書に臨む。いざ本を開く。
知らん人の名刺が挟まっている。
ちょっと面白いかもしれない。時空を超えて誰だよ選手権、開幕である。
ここまでのことは実際の出来事なのですが、書き終わって読み返してみるとなぜか古賀及子さんの「知らん人からの手紙である」みたいな構成になってしまいました。全く意図していなかったのに、着地点があまりにもそれすぎて驚いた。自分で書いたんだが。
狙って書いたわけではないのだけれど、この文は古賀さんへのリスペクトを込めてオマージュエッセイということにします。新たなジャンルを生み出してしまった…
本家様、何倍も素敵で面白いのでぜひ読んでみてほしいです。
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