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変わること変わらないこと 本の話をしよう05 『漂砂のうたう』

今日、画面ごしに気の置けない友人数人と雑談をしていて コロナによって、変化が求められる時代になったね、
という話をしていた。

変わらなければ、という気持ちになっている人は
私の周りにも多い気がする。
私も含めて。

その雑談の最後に、
それとはちょっと違うのですが、
という前置きがあって、「児童虐待が気になっている」と話した人がいた。
そのときにはふんふんと聞くのみだったけれど、
解散したのちに、ぼんやりと
児童虐待は、「変化」とは対極の、「連鎖」の中にあるものだなと思った。

変わりたいと思い変わっていく人もいれば
変わらない、変われない人も、もちろんいる。

あれ、なにか似たようなことを考えたことがあったな…と
思い出したのが、
木内昇『漂砂のうたう』 2011年直木賞受賞作。

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時代は明治2年。御一新直後、元武士だった男が落ちぶれて遊郭(根津遊郭、その後無くなる運命にある)の立ち番として悶々としながら生きていく話。これまで知らずとも生きていけたが、すっかり世のはやりとなった「自由」も「権利」もざんぎり頭も。変わろうとする人はどんどん変わっていく。それを傍観しながら、「変われない」ことをどこかあきらめた風に日々を暮らす廓の人たちの話。

わたしは昔、根津に住んでいたこともあり、本郷台地から降りてきた気が溜まる、あのじめじめとした土地の記憶がある。


幻想的な雰囲気と、木内さんの美しい文章が織りあった素敵な作品世界。
漂砂、とは、水の流れの下で、たゆたっている砂のようすと聞いた。
頭上の水の流れは速いのに、本人たちはその川底でゆらゆらと漂うのみ、という状況をタイトルにしている。と聞いて、日本語は奥深くて美しいと思ったものだった。

少しとっつきにくい人はいるかもしれないけれど、研磨を重ねた美術品みたいな文章の木内作品がわたしは好きだ。

ほかに『茗荷谷の猫』『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月』『ある男』『櫛引道守』『光炎の人』『火影に咲く』などあるけれど、


私が特に好きなのは『浮世女房~』(あまりに好きすぎて年上の女性にプレゼントしまくっていた。江戸時代版サザエさん的な女性が主人公)、『ある男』(短編集。名もなき何者かが書かれていて何とも言えない読後感。装丁の香月康男の絵がめちゃくちゃあってる)、『光炎の人』(電気エネルギーに魅せられた技術者の物語。もうほんと面白いから頼むから読んでほしい)です。1行が長いダメな文章書いていてすみません。


***

その後、別の友人から、

白木屋、魚民、笑笑を営業するモンテローザが大量閉店をリリースしたよ、と連絡がくる。「日本、どうなっちゃうのかね」などと一通りやりとりをする。
児童虐待のこともだが、想像以上に悪化していく世の中ぬ少しだけ沈鬱な気持ちになり、フェイスブックをひらくと、職業釣り師Sくんが、ざっぱーんな海の上の写真とともに釣りのドキュメンタリーの仕事のことを報告していた。

「この3か月間、マダイのことばかり考えていました」


1日の終わり、この一言に、とても救われた。

価値観は変わるかもしれないけれど、
自分の真ん中にあるものは、
変わらなくていいのだと。

ビール1杯飲んで、今日は寝よう。

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