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第六章 王都攻略②

目次とあらすじ
前回:王都攻略①


 デュリオ王子は、王宮の自室で寝ていたところを、配下の声によってたたき起こされた。

 昨日は夜遅くまで女を侍らせて酒盛りをしていたため、昼近くなっても眠っていたのだった。

「なんだ!」隣で寝ていた裸の女を蹴飛ばし、デュリオは飛び起きた。

「侵入者です」扉の向こうから声が聞こえる。

「はぁ?」デュリオは更に声を荒げた。

 飛び出た腹を服の中に仕舞い、デュリオは勢いよく扉を開けた。

 扉の前には、デュリオの近衛兵であるジェズ・バルディーンが、数人の配下と共に控えていた。

 ジェズは大柄な男で、その手には巨体に見合う巨大な魔法具が握られている。

「どういうことだ。兵どもは何をやっていた?」

「申し訳ありません」ジェズはじっとりと汗をかいていた。「外門が開かれました。王宮に敵が入り込んだようです。すでに数十名の兵士の死亡を確認しました」

「どこの者だ?」

 デュリオはメィレ派だった領主たちの顔を思い浮かべた。

 おそらく明日の処刑までに姫を取り戻そうという算段なのだろう。

「これより抜け道から脱出して頂きます」

「なんだと! 尻尾を巻いて逃げ出せというのか! ウルドの次期国王たるこの俺に!」

 通路の向こうからジェズの部下の悲鳴が聞こえる。

 侵入者とやらが接近してくるようだった。

 デュリオを背後に守るようにして、ジェズが立ちはだかった。

 ジェズ・バルディーンが手に持つ巨大な槌は、<鎧砕き>と呼ばれる魔法具であった。

 岩石を操る力に加え、衝撃波を放つことも出来る。

 遠くから槌を振るうだけで、見えざる拳が振り下ろされ、敵が潰れるのだ。

 通路の明かりに照らされ、侵入者の影が見える。

 瞬間、ジェズから放たれた魔法が王宮の磨き上げられた石の床を破砕した。

 だが、侵入者は天井や壁を蹴り、さらに接近してくる。

 速い。

 まるで獣のような身のこなしだ。

 ジェズは魔法具の力で輝く鉱石を生み出した。

 それらはジェズの全身にまとわりつき、まるで鎧のような姿をとった。

 デュリオはかつて王宮で開かれた演舞会で、ジェズの鎧が数多くの攻撃魔法を弾く様を見ていた。

 ジェズが槌を振るい、空間が圧搾される。

 侵入者は潰れ、肉の塊となる――はずだった。

 まるでジェズの魔法が放たれる瞬間を、あらかじめ分かっていたかのように横に飛んで避けた。

 侵入者がジェズの真横に回り込み、そして、爆音が響き渡った。



 音による攻撃と、補助魔法により肉体の強化を獲得できる<双牙>は、ジェズ・バルディーンを倒すにあたり、実にちょうど良い魔法具だった。

 <灰塵>では殴り合いになって時間がかかるし、<空渡り>も攻撃魔法が通らないから同様だ。

 ユナヘルの足元には、岩の鎧にすっぽりと包まれたジェズが、頭部の鎧の隙間から血を流しながら倒れていた。

 ユナヘルは息を整えた。

 全身から滝のように汗が流れている。

「きっ、貴様! 何者だ!」

 デュリオ王子は腰を抜かし、その場に座り込んでいた。

 音の魔法の余波を食らい、動けなくなっているが、態度だけは大きかった。

 耳も聞こえていないのだろう。

 言葉の抑揚が少しおかしい。

「自分が何をしているのか! 分かっているのか!」

 小さな稲妻が走り、デュリオ王子は全身を痙攣させて倒れた。

 気絶させただけだ。

 デュリオの処分は、メィレ姫を取り戻した後、じっくりと考えてから行えば良い。

 フェブシリアとの関係もあるため、不用意に行動すべきではないとユナヘルは考えていた。

 聞こえてきた足音へ目を向けると、兵士が駆け寄ってきていた。

 陽動班の者たちだ。

「デュリオ王子を確保しました。彼を連れて、作戦通り王都から脱出してください」

「あ、ああ……」

 淡々としたユナヘルの態度に異様さを感じたのか、男たちは頷いて応えた。

 彼らはあくまでフリードの指揮で動いている。

 作戦が始まる直前まで、誰もユナヘルの実力を信じなかった。

「私はもう行きます。あとはよろしくお願いします」

 ユナヘルはそう言ってその場をあとにした。

 この連戦に次ぐ連戦も、もう少しだ。

 ユナヘルは自分が倒さなければならない残りの敵の数を数えた。

 フリードはメィレ姫派の領主たちから数多くの兵力を集めてくれたが、実力はあっても所詮烏合の衆でしかない。

 重要なところはユナヘルが抑えておく必要があった。

 ユナヘルがたどり着いたのは、非常に広い空間――玉座の間だった。

 立ち並ぶ太い石の柱が、高い天井を支えている。

 頭上高くにある窓からは、外の月光が差し込んでいた。

 床は磨き上げられた石材で出来ており、柔らかな絨毯が敷かれている。

 左右の壁際には、人の身の丈を越える大きな毛皮や、枝分かれして広がる角、牙の並ぶ恐ろしげな頭骨などが並んでいる。

 数段上がったところにある玉座の向こう、最奥に飾られている、硝子細工のような両手剣を見た。

 それこそが魔法具<ウルド>。

 国の象徴となる、通常の魔法具とは一線を画する存在だった。

 ユナヘルは戦いへと意識を戻し、右手の長槍を掲げた。

 ユナヘルを中心として暴風が吹き荒れ、周囲の空気が窓から外へ流されていく。

 一呼吸で全身が麻痺し、肌に触れただけで肉が崩れる毒の魔法が漂っていることを、ユナヘルは知っていた。

 ユナヘルは石の柱の影へ、稲妻を放った。

 毒の空気を巻き上げてた風の魔法を収め、ユナヘルは玉座の間を横断した。

 太い柱の影では、ゆったりとした衣服を着た皺だらけの禿頭の老人が痙攣していた。

 ネベシア・アクロドット。

 手には毒や呪いの扱いに長けた植物型の魔物を封じた魔法具がある。

「貴様は、一体――」

 ネベシアが苦しげな声を出そうとしたが、ユナヘルは<空渡り>の先端を向けた。

 溢れた雷撃により、哀れな老人は全身の血液を沸騰させて倒れた。

 ユナヘルは死体から目をそらし、玉座の間の中央へと戻ると、現れた新たな敵を睨んだ。

 熱風と岩のつぶてが凄まじい速さで向かってくる。

 ユナヘルは<灰塵>を盾のように構えた。

 複数の攻撃魔法は、キュクロプスの目に睨まれ、かき消されていく。

 兵士たちを引き連れて現れたのは、両手に異なる魔法具を持つ短髪の女性、セイフェア・ホリンドールだった。

 年齢は三十手前ほどだろう。

 鍛え上げられ引き締まった大柄な肉体が、彼女にただならぬ雰囲気を与えていた。

「誰だ、あいつ」

 セイフェアがそう呟く間にも、周囲の兵士から一斉に攻撃魔法が放たれる。

 火や冷気、岩の槍に風の刃と、多様な魔法が同時に迫るが、灰の大剣の前には存在しないに等しい。

「あれは一体……」

「<灰塵>だ」セイフェアがそばに居た兵士に言った。「くそ、無効化か。おまけに<空渡り>とは、伝説級の魔法具じゃないか。そんなもんどっから――」

 ユナヘルは<灰塵>を振りかぶると、兵士たちに一気に接近した。

 大砲から放たれる砲弾のごとき速度に反応できたのは、たった一人、セイフェアだけだった。

 ユナヘルが<灰塵>を横薙ぎに振るうのと、セイフェアが魔法具の力で後退するのはほぼ同時だった。

 横並びになっていた兵士数名の上半身が千切れ飛ぶ。

 それは<灰塵>によって強化された膂力の成せる業だった。

 大剣を振りぬいたユナヘルが体勢を立て直すと、兵士たちの残った下半身がその場で倒れた。

 大量の返り血を浴びながらも、表情一つ変えないユナヘルを見て、セイフェアは戦慄しているようだった。

「ちいっ――」

 セイフェアの舌打ちが聞こえ、彼女の周囲に、燃え盛る炎が現れた。

 それらは収束して剣の形を成すと、セイフェアを取り囲むように漂いはじめる。

 火の剣は、全部で十はあるだろう。

 その切っ先は全てユナヘルの方を向いている。

 ユナヘルは再び踏み込んだ。

 距離を離せば、宙を浮く火の剣を用いて圧倒的な手数で攻めてくるが、至近距離ではそれも半減する。

 手の内は全て知っているのだ。

 長槍がセイフェアの喉を貫くまで、僅か数手。

 ユナヘルはセイフェアの死体を見下ろしながら、地面に膝をついた。

 魔法が激しくぶつかり合う気配が接近してくる。

 息を整え、立ち上がった。

 次で最後だ。

 玉座の間の壁を破壊して飛び込んできたのは、両手に魔法具を持った長身の男――フリードだった。

 右手に半透明な刃の長剣、左手には不気味な文様が描かれた黒色の杯がある。

 どちらも高位の魔法具だが、特に左手にある杯は、フリード以外に使いこなせる者がいないと言われるほど、特別なものだった。

「ユナヘルか」フリードは周囲を警戒したまま言った。「なんだ、お膳立てしてくれたのか」

 フリードはセイフェアとネベシアの死体を見つけて言った。

「すまんな、まだ少しかかりそうだ」

「知っています」

 ユナヘルが返事をしながら<灰塵>を構えるのと同時に、何振りもの真っ黒な刃が、フリードが入ってきた壁の穴から飛翔してきた。

 キュクロプスの単眼に睨まれ、次々と掻き消えていくが、全て消すことが出来ない。

 数本がユナヘルのすぐ傍の床につき立った。

 攻撃が来た方へ目を向けると、ヴィトス・ゾームが現れた。

 背には烏のような黒い羽が生えており、羽ばたいて宙に浮かんでいる。

 顎鬚を蓄えた壮年の男だった。

 眼光は鋭く、歴戦の勇士を思わせる立ち振る舞いだった。

 全身には返り血があり、その手には、暗闇が形を得たかのような真っ黒な刀身を持つ魔法具がある。

 ヴィトスはセイフェアの死体を見て憤怒の形相になった。

「ヴィトス!」フリードが大声を出した。「お前そんなにデュリオがいいのか! あの阿呆に何を約束された?」

「俺は国のために戦うだけだ」

「笑わせるな!」

 フリードは、右手の<雪女郎>を振るった。

 骨まで一瞬で凍りつく冷気の奔流が放たれ、ヴィトスを飲み込んだ。玉座の間は霜で覆われ、その威力を物語った。

「横だ!」フリードがユナヘルに叫んだ。

 ユナヘルは既に動いていた。

 真横に気配を察知する。

 ユナヘルの足元の影の中から、ヴィトスが飛び出してくるのが見える。

 影を伝って移動してきたのだ。

 振り下ろされる真っ黒な刀身を、ユナヘルは長槍の柄で受け止めた。

 見た目にそぐわぬ剣の重さが伝わり、ユナヘルは歯噛みした。

「裏切り者共め」ヴィトスが言った。

 ヴィトスの魔法具<影法師>の黒い刀身から、暗闇が破裂するように膨張した。

 それは瞬きをするよりも速く全てを飲み込み、全方位へ広がっていく。

 <影法師>の生み出す闇に飲まれると、特殊な魔法具によって解呪しない限り、視力や聴力などの五感が機能を失ってしまう。

 ユナヘルはそのことを身をもって知っていた。

 ユナヘルは暗闇が広がる直前に閃光を残して消え、玉座の間の入り口である大きな扉から通路へ移動した。

 暗闇の呪いが直撃したフリードはしかし、何の問題もなかった。

 フリードの左手の杯からは、血のように赤い液体が溢れていた。

 粘り気のあるその粘体は、波打つ表面にいくつもの目や耳を象り、フリードの体にまとわりついていた。

「相変わらず」ヴィトスは毒づいた。「醜い魔法具だ」

「そうか?」

 フリードは自分の目を閉じたまま言った。

 魔法具<汚泥啜り>によって形成された目玉や鼓膜を通して、外の様子を見ているのだ。

 再び五感を奪われたとしても、その粘体は何度でも体の器官を造り直す事が出来る。

 ユナヘルはヴィトスに向けて稲妻を放った。

 だがそれは<影法師>に誘導されて進路を変え、黒い刀身に吸い込まれて消えてしまった。

 <灰塵>とは違う種類の魔法無効化のようだが、詳しいことはわからない。

 ヴィトスはユナヘルを見もしなかった。

 ヴィトスの周囲に影の塊が現れ、それは剣の形を象ると、フリードに向かって目にも留まらぬ速さで放たれた。

 フリードにまとわりつく粘体が反応する。

 それは触手のように変化すると、放たれた剣に向かって枝分かれして伸び、全て絡め取って受け止めた。

 反撃とばかりに、フリードから冷気が放たれる。

 ユナヘルよりも数段上の実力を持つ者たちの戦いだった。

 二人の実力は拮抗している。

 ユナヘルは自分の役割を心得ていた。

 あくまで支援に回り、現れる邪魔者を端から排除する。

 ヴィトスの相手は、フリードに任せればいい。

 戦いは更に数刻続いた。


次回:王都攻略③

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