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第六章 王都攻略①

目次とあらすじ
前回:第五章 紅蓮竜④


 じきに月が真上へ昇る。

 ウルドの兵士――ヨーンは、王都を囲む外壁の上に居た。

 外壁の上には一定間隔で同僚の兵が並んでいる。

 ヨーンは、手に魔法具、体に防具と、完全装備で外壁の上から町の外の様子を伺っていた。

 しかしなんら異常は見当たらず、王都の外に広がる草原には、獣一匹いない。

 若いといっても、ヨーンは二十代半ば。

 早くにデュリオ王子派に与したことで出世の道が拓けていた。

 見張りももうじき終わり、下の詰め所で休んでいる味方と交代出来る。

 そのことが気の緩みを生んだのだろう。

 少し離れた位置で見張りをしている部下が、大きなあくびをした。

「おい、任務中だぞ」

「すみません、隊長」

 気の抜けた返事が返ってきて、ヨーンは溜息をついた。

 一部の兵士による反乱が鎮圧されて、九日が経った。

 王都に潜む、メィレ姫派の勢力は根絶やし、重役は地方の領地へ左遷され、ウルド国はデュリオ王子派の手によって完全に掌握されていた。

 誰がどう見てもデュリオ王子派の勝利だったが、一点気になることがあった。

 あの反乱鎮圧の夜、王子派の高階梯の兵士が数名、惨殺されていた。

 捕らえたウルドの兵を締め上げて話を聞いても、誰も事情を知らなかった。

 他に戦力が潜んでいるのかもしれないという上層部の不安は、いつもより多く増やされた見張りの数にも表れていた。

「ヨーン隊長」部下の一人が声を上げた。「あれを見てください」

「なんだ?」

「これを」

 部下の一人が、小さな魔法具を手渡してきた。

 低位の魔法具で、目が良くなる程度の魔法しか使えないものだが、こうした見張り仕事には便利だった。

 ヨーンは強化された知覚で部下の一人が指差す方向を見る。

 何かが草原を駆けてくるが見える。

 獣のようにも思えるが、体には魔法具が装備されているのが分かった。

 敵か?

 しかし、たった一人で?

 高い外壁の上から、何者かと誰何しようとすると、強烈な光が放たれた。

 次の瞬間、侵入者はヨーンの背後に現れた。

 まるで城壁の上に雷が落ちたかのようだった。

 十二、三才くらいだろうか。

 まだ若い子供に見える。

 だが、全身に装備された魔法具が、その異様さを物語っていた。

 左手には灰色の大剣。

 右手には白く光る長槍。

 他にも腰に魔法具が見える。

「てっ敵襲――」

 部下が大声を上げる前に、侵入者から稲妻が放たれる。

 直撃した部下は体を大きく痙攣させた。

 ヨーンは考えるより先に動いていた。

 強力な魔法具を持っているようだが、相手は所詮子供。

 魔法を使用した直後の隙は、絶対にあるはずだ。

 自分の魔法具へ意識を集中し、厳しい訓練で磨かれた魔法を放とうとした。

 だが出来ない。

 少年から強烈な干渉を受けていることに気付き、ヨーンは戦慄した。

 長い時間を共にしたはずの魔法具が、まるで応えようとしない。

 少年はこちらを見てもいなかった。

 その視線は王都の中央、王宮へ向けられている。

 少年はヨーンへ顔を向けることなく、手の中の光る槍を無造作に振るった。

 穂先から放たれた稲妻が、ヨーンの脳天へと走った。

 自分の肉が焼け焦げる匂いを嗅ぐことなく、ヨーンは絶命した。



 予定通り。

 ユナヘルは溜息すらつかなかった。

 外壁の上にいた他の兵士たちにも雷を放つが、そのたびに暗闇を裂いて光が周囲を照らした。

 魔法の気配を察知されるまでも無い。

 <空渡り>は強力な魔法具だったが、派手なのは弱点の一つだと改めて感じた。

 とはいえ、この作戦においては派手であることは非常に重要だった。

 王都全体へ意識を巡らせる。

 ユナヘルは自分に気付いた者が何人もいることが分かる。

 じきにここへ駆けつけてくるだろう。

 多分、これが最後の攻略になる。

 幾度もの死を乗り越えここに辿りついたユナヘルには、それがよく分かった。

 音も無く、ユナヘルの隣に並び立つように、男が現れた。

 その腰には二つの魔法具が提げられている。

「間に合ったか?」

 腹の底に響くような低い声で、男は言った。

「はい。約束の時間通りです。フリード様」ユナヘルは軽く頭を下げた。

 フリード・パルトリは両手を組み、ふん、と鼻を鳴らした。

「救出班は予定通り潜入した。お前の言う通りの経路でな。後続の陽動班は、もう門の下だ」

 フリードはそう言ったあと、何かに気付いたように眉を上げ、納得したように一人で頷いた。

「……そうか、こんな報告必要なかったか」フリードは唇の端を持ち上げた。「『泣き虫ユナヘル』がこんな立派になるなんてなぁ」

「はい」

「俺がここでこの言葉を言うことも、知ってたのか?」

「……はい」

「なぁ、俺は何回この言葉を言ったんだ?」

「お話は」ユナヘルはフリードの顔を見た。「全てが終わった後でしましょう。敵が来ます。外門を開けますよ」

「……ユナヘルのくせに、偉そうだな」

 フリードは楽しそうに笑った。


次回:王都攻略②

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