第四章 訓練の終わり②
長い旅だった。
王都で得た情報を元に、メィレ姫を救出する計画を立てながら、スヴェの元で魔物との戦いを続けていった。
また、ユナヘルは訓練の中で、作戦で使用する魔法具の選定も行っていた。
実際にメィレ姫を救出しようと思ったら、何人もの敵と戦う必要がある。
例え「やり直し」の情報収集によって、戦いを極力避け、物事を有利に運ぶことが出来たとしても、どこかで必ず高位の階梯の兵士と正面衝突しなければならなくなる。
その際にはこちらも強力な魔法具で武装する必要があるが、ユナヘルは既にウルド国内の多くの魔物の知識を持ち、その魔物を封印した魔法具の使用感を知っている。
あとは組み合わせの総当りである。
兵士と遭遇しない潜入方法、メィレ姫を救出したあとの脱出経路を調べ、そのときにどうしても避けられない敵と、それを相手にして有利に戦える相性の良い魔法具を考える。
その魔法具を手に入れるには、どの魔物領へ行き、どの魔物を封印すればいい?
その魔物領から王都まではどれほどある?
有利な魔法具を手に入れ、「やり直し」をしても勝てそうに無いなら、別の日時と潜入方法を考え直す必要がある。
自分の実力が上がったと感じるたびに、ユナヘルは作戦を決行した。
路地裏で目覚め、スヴェと共に王都を出て、魔物領で魔法具を造り、一人で王都へ帰る。
返り討ちにあい、捕まりそうになるたびにやり直しては、作戦を練り直す。
様々な魔法具を使う中で、王都で兵士が持つ魔法具を奪うという作戦を考えたことがあった。
だが自分で封じた魔法具の方が強力な魔法を使えるということが大きく影響してくることが分かったため、一度王都を出て装備を整えるという方針に変化は無かった。
「それは当たり前」
このことについて聞いたとき、スヴェは当然といった顔で頷いた。
「魔物と戦って、その魔物に勝利して、封印する。それは、その魔物が封印者に屈服したということ。支配されることを受け入れた、ということ」
「だから、人が封印した魔法具を使うよりも強い魔法が使える?」
「私の持つ魔法具は、全て私が造った。だれかが私の魔法具から支配権を奪おうと干渉してきても、そう簡単にはいかない」
ユナヘルはスヴェの表情の下から自慢げな感情を読み取った。
スヴェの実力なら、どんな魔法具だろうと支配権を奪うのはたやすいことではないと思ったが、ユナヘルは口にしなかった。
◇
永い旅だった。
ユナヘルの実力の向上に伴って、選択肢が増えていく。
それまで不可能だったことが可能になる。
勝てなかった敵が倒せるようになる。
封印できなかった魔物が封印できるようになる。
そうなれば、試さないわけにはいかない。
また一から作戦を考え直し、それを試していく。
一つ一つ可能性を潰し、そうしてまた実力がつき、可能性が増える。
永い、永い旅だった。
だがユナヘルは少しも苦痛に感じなかった。
笑われ、軽んじられてきた自分が、戦う力を手に入れている。
メィレ姫までの距離が、徐々に狭まっている。
それに、ユナヘルにはスヴェがいた。
いつのまにかユナヘルは、スヴェの変化の無い表情を見て、彼女の感情を読み取ることが得意になっていた。
彼女は機嫌が良いときに、自分のことをぽつりぽつりと話す傾向があった。
ユナヘルは、スヴェの秘密が旅の中で少しずつ明かされるのを楽しみにしていた。
――レムレースという蛇の亜人種の一族に拾われ、そこで育てられた。
――本当の親は分からない。興味も無い。
――村は「紅蓮竜の山」の麓にある沼地で、いつもじめじめしている。
――凶悪な魔物たちから村を守るため、戦い続けて、いつの間にか強くなっていた。
――当然血は繋がってないが、「妹」のような存在の女の子がおり、可愛くて可愛くて仕方ない。
スヴェが自分のことを話すのは本当に稀だった。
同じ話をすることもある。
新しい情報を得られたときは、まるで収集家にでもなったかのような気分を味わった。
ユナヘルはいつも新しいスヴェと出会った。
ときどき、それが重荷になることがあった。
共に歩いた森も、川のほとりで休んだことも、一緒に戦った魔物のことも、ユナヘルだけが知っていた。
スヴェは常に、何も知らないのだ。
ユナヘルはスヴェに自分の名前を告げるたびに、心の底に澱のようなものが溜まっていくのを意識した。
仕方の無いことだ、と言い聞かせる。
得られた力を思えば、この程度の対価など、どうということはないのだと。
◇
そうして、スヴェの態度がおかしくなり始めたのは、いつからだったろう。
「セドナの大森林」で数多くの魔物相手に戦っているときは気付かなかった。
「ゴートの湿地帯」でゴブリンの群れを追い回し、グリフォンの群れに追い回されたときも、「巨人の丘」でキュクロプスの封印に成功したときも、分からなかった。
ユナヘルが魔物との戦いで危機に陥っても、スヴェの助けが入らなくなってきたあたりが、きっと転機だったのだろう。
スヴェからぴりぴりとした空気が伝わってきて、それが警戒心だと分かっても、ユナヘルは何も言わなかった。
会話が必要最低限のものになっても、歩くときの二人の距離が離れていっても、ユナヘルは目をつぶっていた。
今思えば、あの頃からスヴェはユナヘルの強さを認めていたのだ。
ユナヘルは、ずっと、気付かない振りをしていた。
次回:訓練の終わり③
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