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宙を漂う名刺

名刺を受け取って頂けないのはしんどい。

クレーム処理で出向いた時に名刺を受け取って頂けないのは、何ともない。何があっても響かないようにあらかじめ心に鎧をまとう。
仕事の場で最初に行う名刺交換。
名刺受け取って頂けない不意打ちを喰らうと、その場所でのその後の振る舞いができない。壁際の家具になるしかない。息をひそめて時間が経つのを待つしかない。

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相当昔の話。
セールスプロモーションを得意とする会社。僕はそこにいた。
大手広告代理店から販促キャンペーンやプレミアムキャンペーンといわれるものを請け負う。シールを20枚集めたら「フランス製テーブルウェア〇〇プレゼント!」「○○が選んだフラワーブーケプレゼント!」「携帯キャリアのオリジナル抱き枕!」。その他にも商品そのものにミニカーやフィギュアがついている、べた付けと呼ばれる販促など。「景品」の企画、提案、進行管理。

大手出版社からは、「全員プレゼント」と言われる企画提案/進行管理を請け負う。誰もが知っているあの黄色い奴の縫いぐるみポーチなどだ。
必然と営業先の大手広告代理店や大手出版社に出入りすることが多くなる、一日そのビルにいることもある。
(ある出版社のある部署は作家先生に対応することで、夜遅くなり、社員の出社が昼過ぎ。我々との打ち合わせは夜になる。20時からなどは普通である。我々は8時出社なのだが)

そしてセールスプロモーションはキャンペーンの中で最後の最後である。

キャンペーンはクライアント企業と代理店で素晴らしい案がまとまる。その素晴らしい案がテレビcmや新聞、雑誌などの素晴らしい媒体に素晴らしく落とし込まれていく。それで素晴らしい売り上げが上がるならいいのだが、そうはなかなかいかない。なのでクライアント企業の売り上げも確実にあげとかなきゃまずいかな、ぐらいの感覚でセールスプロモーションを行う。代理店から、セールスプロモーション案をクライアントに出すための具体的かつ的確な指示が我々に出る。

「なんか出しておいて。いい感じの」

作業が始まる。そのキャンペーンの世界観にハマる、予算内で消費者にも訴求力のある「景品」を探す。セールスプロモーションは最下流なので時間はない。

例えば食品メーカー。パスタ等のキャンペーンであれば、イタリアを想起させるような景品が良い。もちろんイタリア旅行7日間などが消費者には最高なのだが、そんな予算はクライアントにはないし、旅行は旅行代理店の仕事なので我々が絡まない。何も美味しくない。

リチャード・ジノリというお高いイタリアのテーブルウェアブランドなどがいいかなと考えるが、リチャード・ジノリ側も安っぽいキャンペーンに使われてブランド価値が下がるのは御免こうむりたい。それを説得するのも我々の仕事。何とか説得して、提案にこぎつけたら、クライアントからダブルネームにしてよ、というむちゃな要望。ここで言うダブルネームとはリチャード・ジノリの食器にクライアントのブランド名を入れるという事。

ルイ・ヴィトンが自社のバッグに「〇〇食品」「●●製粉」とか入れるか?
ボールペンの名入れとは訳が違う。それも説得する。

1キャンペーン5つ応募コースがあるとして、1コースで4案、景品を提案する。となると、1キャンペーンで20案の景品を提案。提案となると、各景品の見積が必要だ。20の見積書がデスクに散らばるわけだ。他にもキャンペーンの提案をするので、ざっくりと20×キャンペーンの数の見積書。
朝から営業に行き、帰社が18:00。そこから見積の依頼、来た見積の整理、他のキャンペーンの案出し。

普通には帰宅できない。
会社に泊まること多々。スーツが臭う。

これだけ労力がかかる作業、大手代理店はやりたがらない。どこかに振りたい。そして我々のような業態に話が振られる。となると、相手方と接点を多くし、ずぶずぶの関係になると数字は上がる。

サンプルの取り寄せもかなり重い作業だ。1キャンペーンで提案する全ての景品のサンプルを用意させるという、頭がねじれたクライアントもいる。
メーカーはそんな簡単にサンプルは貸してくれない。代理店はその辺り解ってくれるというか、物がかさむので嫌がる。クライアントに持って行くのは彼らだからだ。そしてサンプルとはそのキャンペーンに合致しているか否かをクライアントが判断する材料。差し上げるものではない。

メーカーからようやく借りだした、チープなデザインが評判の腕時計。
12本セットのサンプル。限定ものだ。
しっかりとしたオリジナルのアタッシュケースに入っていた。
クライアントに返却受け取りに行く。7本しか入っていない。5本ない。

さすがに慌てる。他の時計、どうされましたか。

え、分からないですね。

お貸しする時に、要返却というお話をさせて頂いたのですが・・・・。

サンプルって普通もらえるものじゃないんですか。

語尾をあげ、ふくれっ面をする30代の女性。商談の場でふくれっ面をする方はあまりお目にかかったことがない。ちなみに誰もが知っている巨大小売業だ。

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その様な物品を動かす作業。さほどクリエイティブ力がなくてもある程度の数字は稼げる。その中でキャンペーンの世界観が理解できる、想像力のある人がいると爆発的数字を上げる。アイドルが旅に浸りながら飲む清涼飲料水のキャンペーンが展開されている案件に対して、豚皮ヴィンテージ風トランクを提案。重いし全く実用的ではないのだが見事にはまる。オリジナル商品でもないのに、アイドルがそのトランクを持ったcmまで後追いで作られた。

深夜の会議室から、フォンフォンフォオオオオオオオオン と謎の音。
人間の声のようだ。
覗くと上司が背中を丸めてフォンフォンフォンと吠えている。

何事かと聞くと、ある車を模した縫いぐるみの中にレコーダーとスピーカーを仕込んで、その車の排気音を再生させる。それが目覚まし時計になる。それを車の成約ノベルティとするらしい。

本当はプレイステーションのグランツーリスモの効果音から録ろうとしたんだけどさ、グランツーリスモ、忘れたんだよ。だから、俺の声。プレゼン、明日だから。あ、お前できるだろう、水平4気筒。

水平4気筒は、フォンフォンでなく、デュデュボロッボボボボボですよ。

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営業先担当者に張り付いて何でも屋として重宝されると、数字は上がる。担当者とずぶずぶの関係となると、果たしてそれが仕事なのか、よくわからない仕事もやってくる。担当者からの依頼で、小学生のバレーボールチームにモルテンのボールを1ダース納品。請求書は担当者の会社に。
レストランの予約。合コンの設定。その他いろいろ。

「オシャレな仏壇を探してくれ」とのオーダー。そんなのあるわけがないと思っていたら、イタリア人デザイナーを起用した仏壇があった。手配した。

上司とゆりかごから墓場までだな、俺たち。などと話す。そんな話をしていたら隣のチームがオーガニックコットンのベビーウェアを手配していた。

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そんな依頼の一つに、インタビューの場所を確保、セッティングしてくれというのがあった。企業広報誌などにタレントのインタビューを掲載する。
インタビューで使うカフェとかレストランとか手配しておいてよ。
ついでにカメラマンも手配しておいてよ。
あ、そのついでにインタビュアーも手配しておいてよ。

最初は楽しみだった。結構労力がかかるが、テレビでおなじみの俳優やアイドル、モデルに会える。小洒落たレストランを押さえ、下見をして、交渉、承諾を得る。その当日、現場でレストランスタッフ、カメラマン、インタビュアーをクライアントの顔を伺い、調整、取り仕切る。

タレントとマネージャーが入ってくる。
先方マネージャーがクライアント担当者と名刺交換し、クライアントから簡単な紹介をされ、自分も名刺を差し出す。

受け取ってくれない。

名刺を差し出した体制で、名刺と目と意識が宙を漂う。カメラマンもインタビュアーもこちらを見ている。相手のマネージャーが2㎝ほど顔動かす。
マネージャーはインタビュアーとはしっかり名刺交換をし、カメラマンには 今日はよろしくな!などと言う。

さっきまで一生懸命仕切っていた自分が恥ずかしい。インタビュアーとカメラマンがこちらをちらりと見たような気がする。意識停止の上、壁際の家具になるしかない。

タレントが来る。意識停止しているので、目の前が景色にしか見えない。タレントが何か言い出した。テーブルに置かれた水が入ったグラスを指差して
「私はエビアンしか飲まないのよ」
グラスの水はエビアンだ。あらかじめ好みを調べて、エビアンにしたのだ。マネージャーが、使えねーな、エビアン持って来いよ。タレントが一口テーブルに置かれた水を飲んで、やっぱりダメね、と言う。

近くのコンビニまでダッシュだ。エビアン買いに行くのだ。エビアン買ってくる。コンビニの棚からエビアン10本程かっさらう。レジでエビアンゴロゴロ差し出す。レジ袋の中でエビアンとエビアンごしゃごしゃしている。エビアン持って戻る。エビアンエビアンエビアンエビアン。

マネージャーにエビアンを渡す。タレントは 全然違うじゃんと言う。やっぱりエビアンよね。

怒りなんて沸いてこない。残りのエビアンを皆に配る。その後は壁際の家具になる。

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他に4~5件似たような仕事をしたが、一様にタレントの取りまきは同じ反応。一度だけ名刺を受け取ってもらったが名刺入れにしまうでもなく、ポケットにしまうでなく、指先でプラプラさせ壁際のテーブルに落とした。

他の仕事で名刺を受け取ってくれなかったことは記憶にない。
稀有な例を同じような仕事で続けざまに経験したわけだ。
考えたのだが、彼らは自分にとって、こいつはおいしい奴なのか否かという凄まじい嗅覚を持ち、瞬時に判断するのだと、結論に至った。

クライアントはその後、仕事が振られる可能性がある。カメラマンはその日、良い写真を取ってほしい。インタビュアーも同じだ。一人、彼らの今日と明日に関係ない人間がいる。瞬時に見分ける。素晴らしい才能だ。

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この様な事が続き、うんざりしていた。しかし、もう1件お願いといわれ、仕方なく受ける。今回はクライアントの広報誌。そのクライアント社長と女優の対談。
(「女優」という呼び方、昨今いかがなものかと言われている。僕もそう思うが、ここでは当時の流れで女優と使わせて頂く)

女優と言ってもかなりの大女優だ。場所から始まり、人員の手配はいつもより多少手間がかかる。社の広報誌程度にこれほどの女優を起用できるルート、よくわからない。その後cm等々に起用するのだろう。まあ、そんなことはどうでもいいことだ。いくつかのレストランやカフェを提案し、郊外のカフェに決まる。柔らかい日の差し込む、明るい木目の空間が気持ち良い。風は緩やかに流れ、遥か遠くの里山に雲がたなびく。

皆、準備が整っていると思いきや、インタビュアーがボイスレコーダーの電池がないと青ざめている。コンビニで何とかする。大女優という事で朝から緊張していたようだ。そこまで凄い人?と聞くと、あきれられた。

マネージャーが入ってきた。というか凄い大人数だ。後から聞いたのだが、事務所から8人ほど、その女優さんが所属する映画会社から7人ほど。インタビュー程度でこんな大人数、初めてだ。仕切っているのが僕なので一応、名刺を差し出す。当たり前の様に、横目でちらりとみて終わり。2人ほどに名刺を差し出してみたが同じだ。

でも仕切らない訳にはいかない。対談相手の社長が遅れているのだ。
今、こちらの○○社長が遅れておりまして。

かなり近い距離で話をしたのだが一瞬こちらにわずかに顔を動かして終わり。ほぼ全員。まあ、これで今日の仕事はほぼ終わりだ。よくやった。仕事に漏れはない。家具になって時間が経てばいい。

女優さんが入ってきた。着物だ。テレビの印象そのままで柔らかいものが周りを漂う。取り巻きの奴らがわらわらと出迎える。ぞろぞろとこちらにやってきて、僕の前に来た。

女優さんは僕の前で立ち止まり、僕に言う。

今日はお呼び頂いて本当にありがとうございます。なかなか大変だったでしょう。

僕に声をかけた。
クライアント担当者も一人ではない。社長秘書含めて4人ほど。その中から僕に声をかけた。何故だ。確かに今日の件では一番動いた。

かすれた声で、辛うじて、ありがとうございます。と返事をする。女優さんは目の前の椅子に座り、僕にも近くの椅子に座るように促した。

小さなテーブルに僕と相対する大女優。周りのスタッフは離れたところで皆立っている。

このようなお仕事はたいへんなんですよね。

はい、でも仕事ですから。

他に気遣う言葉を頂いた。その相槌、その声。顔の傾げ方。素晴らしいものから素晴らしいが放たれている。

クライアント社長が来るまで少し時間がある。こちらから話を振ってみて良いものか。失うものは何もない。空振りしても大したことない。しょせん家具だ。

スキーをされるとどちらかでお聞きしました。最近はされているのですか。

僕はこの頃からスキーにはまり始めて、その女優さんとの接点はそこしかなく、そこに掛けた。

ちょっと驚いた表情、しかし、それが素晴らしく可愛らしい。邪悪なもの、疲労したもの、すべてを氷解させる表情。

最近はなかなか機会がないのですが、昔は色んなところに行ったものです。ここにいる映画会社の人にばれないようにね。怪我したらお仕事できなくて怒られちゃうでしょ。青森の鯵ヶ沢というところでは凄い勢いで転んで、顔を打ちつけて。とっても腫れて。もう、お仕事はできないな、と思ったのですが、宿にお医者様がいらして、大丈夫、とにかく冷やしなさいと言われたんですよ。で、大丈夫。

嫌味というものがこの世に存在しないような、柔らかな笑み。

クライアント社長が来た。僕は、社長いらっしゃいました、それでは、と挨拶をし社長を出迎える。

インタビューが始まる。端っこで夢見心地。

撮影も終了し、お見送りだ。

女優さんがまた、僕の前に立ち止まり、

今日は本当にありがとうございました。楽しいひと時でした。

深々とお辞儀をされた。もちろん僕も気持ちを最大限にこめてのお辞儀。
今日は家具ではなかった。

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それがきっかけではないが、その仕事に未練のようなものがなくなり、東京から離れた。女優さんの柔らかい笑みは今でも心に舞い降りたままだ。

その女優さんは、たくさんの映画に出演されている。

「キューポラのある街」
「夢千代日記」
「華の乱」

最近では「最高の人生の見つけ方」で天海祐希さんやムロツヨシさんと共演されている。


#エッセイ #コラム #仕事 #広告


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