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これまでの働き方①就活から入社、挫折の日々

就活から社会人生活のはじめを、ザックリ、さらっと↓

右にならえで、みんなと同じ枠組みで、同じルールで戦わなければならないと思い込んでいた…大学院修士1年の時、何の疑問にも思わず、みんなと同じように就職活動した。ちょうど、リーマンショックか起きた年の秋ごろから、、、、
所属していた研究室は、なぜか就活を推奨しておらず、盛んに活動はしてなくて、エントリーシートも10社書いたかどうかだったと思う。今思えば、必死に就活なんてしなくても良いみたいな空気を伝えていた教授の気持ちも何となくわかる…

運良く?非鉄金属系材料メーカー1社だけ内定をもらい、そこそこ大きな企業だったし、専門性も活かせそうだったので、その会社に就職することができた。その時の最善を尽くしたので、今も後悔はしてない。むしろ、感謝しかない。

ある程度、ワクワクしながら、希望を持って入社!案の定、理想と現実のギャップは存在し、社会とはこういうものかと、狭い会社内での社会をとりあえず実感。想像以上にドライな人間関係…

当時の僕は、会社には忠誠を尽くして、雇われてる身だから金をもらっているから、嫌な仕事とかも無理やりやらなければならないと、思っていた。会社のためが全てで、サービス残業もあたりまえ、自分の意思は関係なく、所長や部長、グループリーグが言ったことが全てだと思ってた。

入社前の研究室生活では、実験の日々で、高い学費を払いながら無給なのに、夜中まで研究室に入り浸っていたので、入社当初数ヶ月は18時前に帰宅してたのでかなり違和感だった。特に趣味がなかったので、こんなに早く帰って何すればいいの?もっと働かなくていいのか?と専門的な材料の勉強とか社内資料とか無駄に残って見たてたり、寮でも勉強をしていた。
父も仕事人間で、18時になんて、帰ってくることはまず無かったし、『男は仕事だ!』みたいな昭和的な考え方をだった。
仕事で成果を出そうと意気込んでたし、割とやればできるし!まぁまぁデキる方かな?なんて思い上がってたが、挫折の連続…
工場の機械とかの知識もないし、クレーンだの、フォークリフトだの工場内で必要だから、資格取らされたものの、慣れないし、ミスったら色んなもの壊しそうだし、現場も忙しくて練習してる暇も無く、本当にダメダメだった。何かミスしてら、ダメなやつだと思われるみたいに、失敗を恐れまくってた。

その姿勢こそが、失敗なのだ!と言ってやりたい。最近のUQモバイルのCMのように、、、

「リスクを冒さないことこそ、最大のリスクだ」

もっと器用だと思ってたはずなのに、覚え悪かったし、班長の人も積極的にどんどんやってみろ!みたいな感じではなく、ほぼ放置……
班長自身でやった方がもちろん早いから、俺がやるみたいな感じで、全然任されなかった。

そんな感じで、軽い挫折から始まり、自分の中の自信が打ち砕かれていく日々であり、さえない院卒のつかえない新入社員であった。覚える事がたくさんあって、必死だったとは思うが、本当にただ何となく働いてるだけだった…良い子を演じる様な節もあり、失敗を恐れてまくっていた。
ーーーーーーここまで入社数ヶ月の話…文章書くのってやっぱ難しい、下書きとかしてるんだけど、まとまらない。試行錯誤していきます。堀江先生も【完璧ではなく完了を目指せ】との事なので、あしからず

わーわー言うとりますが、お時間です。
サヨーナラ👋



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