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ファンタジー小説「W.I.A.」1-4-②

 「なに? グールじゃと?」
 
 部屋に入るなり、エアリアは階下で聞いたことを一行に伝えた。即座に反応したのはガルダンだった。ガルダンたちドワーフにとって、「土」は命を守るかけがえのない物だ。その「土」を汚すのがグールやヴァンパイアのような、「不死の存在」だ。ゆえに、全てのドワーフにとっても、存在が許されない「絶対悪」となる。
 
 「ええ。かなりの数のようよ。ハイペルでも軍隊を編成して遠征に向かうみたい。恐らく、私たちとは一日違いになったんだわ。」
 「グールとなると、厄介ね。こちらも装備を整えなくては・・・。」
 「そうだね。売り切れる前に、油や装備を整えた方がいい。」
 
 アルルとカイルの懸念はもっともだった。品薄になれば、当然値も上がる。急いで装備を解いた一行は、いつもの「留守番言葉」を掛け、町へと繰り出した。
 
 まずは雑貨屋で、油壷、松明、火打石、火縄などを買い揃える。やはり、既に値が上がり始めていた。だが、グール討伐に向かう訳ではないので、それほど多くは必要がない。ノストールへの道中で、グールが現れた時のための用心だ。さらに、北上するにあたり、人数分の厚手の外套と中綿入りの馬着も準備した。
 次は、武具屋だ。ここで、カイルは槍を新調し、アルルは通常の矢の他に、火矢も準備する。エルフは火の使用を嫌がるものたが、グールと聞いては準備せざるを得ない。ガルダンは投擲にも使える手斧を何本か買っていた。いずれも、グールに噛まれないようにするため、できるだけ距離を取って戦うための装備だった。
 
 「さて・・・あとは、マールだね・・・。」
 
 カイルが振り向いてマールを見つめた。どんな武器がいいのか、考えているのだろう。積極的に戦いに加わらないにしても、自衛のための武器は必ず必要になる。
 カイルはガルダンやアルルと相談の末、ダガーとスリングスタッフを武器に選んだ。ダガーは大きめの両刃の短剣で、投げることもできる。スリングスタッフは、石を遠くに飛ばす役目を持った杖だった。もちろん、杖として使うこともできる。
 だが、メインは大きめのスクエアシールドだった。マールの身体がすっぽり隠れるほどの大きさだ。
 「自衛」のためでも戦わせるのに不安を感じたガルダンが、いっそ「防御を固める」ことにしたらどうか、と選んだものだった。
 さらに、レザーバックラーと肘までを覆う分厚い皮手袋、革製のブーツ、革のヘルメットも買った。全て身に着けてみると、それなりに冒険者に見える格好になった。
 マールも、鏡に写った自分を見て、まんざらでもないと思ったほどだ。何となく、自分が強くなったような気もする。
 
 「あら、意外と似合うわね。」
 
 鏡の後ろから覗き込んだアルルがマールを見てそう言った。
 
 「そ、そうですか? まあ、自分でもそれなりに似合うとは思って見てたんですけど。」
 「ええ、強そうに見える。髭を生やしたらいいんじゃない?」
 「ひ、ひげですか!?」
 「そう。威厳が備わるんじゃないかしら。」
 
 そう言うと、アルルが自分の髪の毛を髭に見立ててマールの顎にあてがう。マールが一瞬ドキッとするような、いい匂いがした。
 鏡の中に、髭を生やしたマールがいた。アルルの細い金髪では、あまりイメージも湧かないが、これが本物の髭だとしたら、悪くないかも知れない。
 
 「ねっ? なかなかじゃない?」
 「そ、そうですか・・・ね・・・?」
 「私は、いいと思うわ。」
 「じゃあ、ちょっと伸ばしてみます。」
 
 アルルが、「それがいいわ」と言い残して、鏡の中から消えてしまった。マールはとても残念な気持ちになった。
 
 その後、マールの希望で薬種屋と鍛冶屋に寄ってもらった。「グールは火と強い光に弱い」と聞いて、思いついた物を試してみるつもりでいた。盾にも、いずれ改良を加える予定で、それらの材料を購入しておいた。道中で少しずつ手を加えていこう。
 
 無事に準備を終えた一行は、宿に戻ると食事を摂って、早めに休むことにする。マールだけは、薬種屋と鍛冶屋で手に入れた材料で何かを作って時間を過ごした。
 翌朝、マールは昨晩作った物を全員に披露した。握りこぶしほどの大きさの球状のものと、紙でできたと思われる円筒状のものだった。
 
 「グールは火と光に弱い、と聞いたので、作ってみたんです。こちらの球状のものは『炸裂炎上弾』、筒状のものは『飛翔閃光弾』と名付けました・・・。」
 
 ガルダンが炸裂炎上弾を手に取り、不思議そうに眺めている。火縄が付いており、思っていたよりも重い。
 
 「これは・・・火を着けて使うのかね?」
 「そうです。火を着けたら、敵に向かって投げつけて下さい。5秒後に爆発します。中に鉄くずと、膠で粘性を持たせた油が入っていて、大体3mの範囲の敵に傷を負わせて、付近に火が付くように作ってあります。まだ試してないので正確ではありませんが・・・。」
 「で、こっちは?」
 「飛翔閃光弾ですね? こちらは矢に付けて空に向けて放って下さい。強烈な光を発しながらゆっくりと落ちてくるように作ったつもりです。」
 
 一行が、他に誰か知っているものがいないかを確認するように、それぞれ顔を見合わせたが、確認を取れる者はいなかった。
 
 「それで、道中のどこかでこれを試してみたいんです。被害の出ない、安全なところで。」
 「それはいいけど・・・。これをマールが作ったのかい?」
 
 ガルダンから炸裂炎上弾を手渡されたカイルが、その重みを確かめながらマールに尋ねる。
 
 「そうです。もしかしたら、役に立つんじゃないかと思って・・・。いけませんでしたか?」
 「いやいや!そんなことはないよ! ただ、ちょっと驚いたんだ。一晩で二つも、こんなすごいもの作るなんて。」
 「試してみないと、何とも言えませんよ? 設計上は効果を発揮すると思うんですけど。」
 
 マールが二つとも手に取ると、自分のポーチにしまう。どこか街道から逸れたところで試してみることになり、一行は宿を出た。
 
 前の広場では、メルス、マルダ、ゴール、ボーディの四柱神が、それぞれの教会の旗を掲げて、出陣式を執り行っているようだった。多くの神官、僧侶と、より多くの冒険者たちが、それぞれ属した教会の旗の下に集っている。
 ひと際立派な身なりの神官四人が、馬上の人となりそれらの集団を睥睨していた。どうやら、メルスの神官がこの大遠征隊のリーダーとなったらしい。その後ろには派手で大きな「聖四柱遠征討伐隊」の文字が染め抜かれた旗が翻っている。
 
 「こちらも出発のようですね・・・。巻き込まれる前に出立しましょう。」
 
 アルルがエアリアにそう話すと、エアリアも「それがいい」と応じ、預かり屋の元へ向かう。町の外には、遠征隊の荷車や馬が多数、今や遅しと出発を待っていた。あの様子では、これらの荷車が動き出すまでは、まだ時間がありそうだった。
 預かり屋の主人は、昨日受けた印象とは裏腹に、きっちりと仕事をこなしたようだった。カイもクィも腹を膨らまし、毛並みも整えてある。馬車の方も汚れを落としてあり、車輪の軸受けには油も差してあるようだ。
 エアリアとアルルが、他の客の準備のためか、汗だくで立ち働いている主人に丁重に礼を述べ、ほぼ倍額の報酬を手渡すと、主人も慇懃に礼を返し、「ノストールに向かわれるならば」と前置きして情報を与えてくれた。彼らにとっては、この情報も重要な収入源になるわけだから、過分の報酬の礼、という意味もあるのだろう。
 
 「最近、リザードマンの動きが活発らしいですぜ? 黒竜山に集まって怪しげな行動を取ってるとか・・・。何人か、行方知れずになってる人間もいるそうで・・・。西ではグールが出始めるし、なんだかキナ臭くなってきましたんで、どうぞ、お気を付けて。」
 
 併せて、ノストールで見聞きしたことを帰りに教えてくれたら、礼を出す、とも言っていた。したたかな商売人らしい一面もある、というわけだ。もっとも、この手の稼業は平和でこそ成り立つ、とも言えるので、特に敏感になっているのだろう。
 
 ノスハイを出て、街道を北に向かう。次の町オルスクへは、5日後には着くだろう、というガルダンの計算だった。オルスクは小さな町で、温泉の湧く保養地として、特に観光産業に力を入れている町だ。近くのオルスク湖で獲れる、魚料理も有名だと言う。一行の中では一番旅慣れているガルダンは、自然と旅の行程を管理する役割を担っていた。
 二日目、ガルダンの先導で、街道から少し逸れた位置にある小さな池を取り囲んだ開けた場所で、マールの炸裂炎上弾と飛翔閃光弾を試してみることになった。
 万が一、野火事になりそうな時のため、水辺の近くがいいだろう、という判断だった。水の精霊力が強いため、アルルの守護精霊がいれば、大事にはならないはずだ。
 
 「じゃあ、行きますよ?」
 
 マールが炸裂炎上弾に火を着け、力いっぱいに投げる。弧を描いて飛んだ炸裂炎上弾は、30mほど先の地面に転がった。一行が固唾を飲んで見守る中、火縄はどんどん短くなっていった。
 
 どぉん!
 
 という音と共に、その名の通り炸裂すると、赤熱した金属片とともに、ネバつく液体が周辺に広がり、燃え上がる。激しく燃える、という訳ではなかったが、驚いたことに水に浮いて、その上で燃えている欠片もある。油分が水を弾いているに違いなかった。
 効果範囲は3~5mというところだったが、金属片の方は樹木に刺さり、地面は少し陥没するほどの衝撃を与えていた。
 アルルはすぐに守護精霊を呼び出し、消火に掛かった。この結果に衝撃を受けているようだった。
 
 「なんと・・・! これは、すごいな!」
 「驚きました・・・これほどとは・・・。」
 
 ガルダンとカイルも驚きを隠せない。操気魔術に似たような爆発の呪文はあるが、これほど手軽には行かない。
 
 「これでは、破壊し過ぎよ! 森が一瞬で失われてしまう!」
 
 消火を終えたアルルが、抗議の声を上げた。エアリアも心配そうにしている。
 
 「アルルの言う通りね。これは、余程の場合にのみ、使うことにしましょう・・・。でも、すごいわ、マール! この火でなら、グールはもちろん、ドラゴンだって無事では済まないでしょう。」
 「いや・・・正直、僕も驚きました・・・。確かに、アルルの言う通りです。これでは町も作物も、あらゆる物を破壊しかねない・・・。危険です!」
 「うむ・・・。使い方を間違うと、身を滅ぼすことになりそうじゃな・・・。」
 
 結局、この炸裂炎上弾は、一行の誰かに命の危険が及ぶ時か、全員一致で使うことが望ましい、と判断した場合にのみ、使われることになった。マールは宿で同じ物を5つ作っていたが、新しい物を作る気はなく、残りの4つも荷物の下の方に、木箱に入れて厳重に包んでから、仕舞い込んだ。
 
 次に、飛翔閃光弾を試す。こちらは逆に、水に浸してから弓で打ち出すことになる。ガルダンが、マールからもらった折り畳み式弓で上空へ打ち出すと、矢が頂点に達する前に筒がほどけるようにバラバラになり、中から激しく光りながらユラユラとゆっくり落ちてくる物体が出てきた。その光は、昼間でも太陽のように直視できないほどの明るさがあり、夜に使えば周囲を照らす役目も、十分に果たせそうだ。
 多少風に流されながら、1分ほどかけて地面に落ちたその物体は、徐々に光を弱くしていき、やがて完全に消えた。
 
 「・・・魔法では、ないのよね?・・・」
 「はい、魔法ではないです。・・・魔法が発達する前の文明で、使われていたもののようです。曹達銀と菱苦土石、長石が水や空気に触れることで起きる光を利用してみました。」
 「そう、だつぎん・・・と、りょうく、どせき? それは、呪文じゃないんだね?」
 「いやいや! 普通に物質の名前です。この辺りの土や石にも含まれていますよ?」
 「ふうむ・・・。儂はどれも知っておるが、役に立たん金属だとばかり思うていたわい。使い方を知らんだけなのだな・・・。」
 「どうして、あんなにゆっくり落ちてきたの? 金属なら、羽根のように軽いわけではないでしょ?」
 「それは、空気を受ける「帆」を付けたからです。まぶし過ぎて見えませんでしたが・・・。」
 
 そう言うと、マールは少し先に落ちた飛翔閃光弾を小走りに拾いに行く。手には、十数本の糸で結ばれた、薄い布の付いた小瓶を持っていた。
 
 「ほら、このように、布の部分が開いて空気を受け止めるんです。船が進む原理の逆ですね。」
 
 そう言うと、マールはその小瓶を投げ上げた。小瓶が頂点に達し、落下を始めると、布の部分が膨らみ、空気を受けてゆっくりと落ちてくる。
 
 「・・・あなた・・・もしかして、天才?」
 
 アルルが心底感心したようにマールを見る。他の一行も同じように考えていたようだ。全員のマールを見る目が、明らかに変わった気がする。
 
 「いやぁ、天才なんかじゃ・・・ただ、本を読むのが好きで、知識を得たら試してみたくなる性分なだけで・・・。」
 
 マールは両手を大きく振って否定したが、満更でもなかった。同時に、もしかしたら自分の研究してきたことは、冒険者としてこそ、力を存分に発揮できるものではないか、という手応えを感じていた。
 
 「いやはや、大したもんじゃ。弓の工夫といい、水車のことといい、常人では考え付かないことをしてのけるものだと感心しておったが、これほどとはな・・・。」
 「私も、驚きました。・・・マールを助けるつもりで旅に連れ出しましたが、もしかしたら助けてもらうのは、こちらなのかも知れませんね・・・。」
 
 ガルダンとエアリアが、しみじみと言う。マールは穴があったら入りたいような気分になってきた。
 
 「と、とにかく、どちらもある程度の効果は得られそうだ、ということで! さあ、先に進みましょう!」
 
 そう言うと、一人で街道へ歩き出した。その後ろ姿を、全員が好意的な温かい目で見ていたが、マールが気付くことはなかった。
 
 その日から、マールはガルダンやカイルから、戦闘の手ほどきを受けることになった。杖や盾の効果的な使い方を、実践形式で学ぶことにしたのだ。初日は杖や盾を持って歩くだけで息が切れてしまい、二人を呆れさせたが、続けていけば徐々に体力もついてくると励まされ、それでも小一時間程は杖や盾を振り回して過ごした。 
 
キャンプに戻ると、アルルがカイのブラッシングをし、エアリアは焚火の傍で夕食の準備をしており、スパイスの良い香りが辺りに漂っていた。マールは珍しく空腹を覚えており、準備が整う間にリンゴをかじり、喉の渇きと併せて空腹を満たす。
 
 「見ていた限り、戦いの方はまだまだのようね?」
 「力はすごいんだ。だけど体力面がね。ガルダンとも話して、とにかく歩かせて、体力をつけてもらうことを最優先にしていくことにしたんだ。技術的なことは、それからかな。」
 
 アルルを手伝い、クィのブラッシングをしながらカイルが答える。ガルダンは薪を拾いながら、近辺に生えているキノコ類や食用、薬用に適する植物を集めに行っていた。周囲は薄暗くなっていたが、ドワーフは夜目が利く。
 
 こうしたことを繰り返し、5日目の夕方にはオルスクの町に着いたのだが、事件はその時に起こった。町の北側から、大勢の悲鳴が聞こえ、南の入り口に人が逃げてきているのが見えた。ちょうど南の入り口から町へ入ったところだった一行に、緊張が走った。兵士が数名、武器を手に町の北へ向かっているのが見えた。
 
 「リザードマンよ! 人が襲われてる!」


「W.I.A.」
第1章 第4話 ②
了。



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