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きっと側にいるね(3分で読める小説)(再掲載)

この事を書いても誰も信じてはくれないでしょうね。
でも、書かずにはいられない。

私は定年を過ぎた老人。
今まで勤めていた会社を退職し、
今は市が管理する薔薇園に勤めている。

私の40年連れ添った妻は去年他界したのだが、
悲しみに沈む私を見かねたのか
ある人が薔薇園の館長に推薦してくれた。

それほど花に興味の無い私だったが、
彼の優しい思いやりを強く受け止めた。

私は花に興味が無いからか、
花の名前を覚えるのは苦手である。

そう言えば、妻は花が好きであった。
独身の頃、彼女に花束をプレゼントした事を思い出す。

遠い昔の想い出。

妻が存命していたならば、私が薔薇園の館長になった事を喜んでくれるだろう。

私の荒んだ心はいつもの事であり、
毎日が虚ろであった。
寂しさを紛らわす事も無く孤独な私は
生きる希望も持てなかった。

仕事は毎日が暇で居眠りしていても、
誰も文句を云う人もいない。

そんなある日、
私は以前見かけたような少女に出会う。

つぶらな瞳
真っ赤なほっぺ
おかっぱの髪型

少女は一つ一つの花々を興味深く見つめ、
嬉しいそうに笑顔を見せている。

…私の妻の子供の時に、似ている!
と、云うよりも、妻そのものだ…

私は何度も目を擦って確認したのだが、
あの娘は妻の幼い時と瓜二つだ。
妻と私は、幼い頃から知り合い、
幼馴染の関係だった。

私は注意深く少女を観ていた。
その視線に気がついたのか、
私を見て微笑んでくれる少女。
少女から微笑みを受け何故か照れる、私。
少女は私の元に駆け寄り
「貴方、お花はあんまり好きでは無かったのに、何故こんな所にいるの?」
と、馴れ馴れしく聞いてくる。

「お嬢ちゃん、私が花が好きで無いと誰に聞いたの?」
と、訝しい思いで尋ねた。

「だって、貴方は言っていたよ。前々から」
「ちょっと待って、お嬢ちゃんと会ったのは今日が初めてだよ。大人をからかってはいけないよ。」

「何言ってるのよ、翔ちゃん」
と、微笑んで話す少女を見て
私は冷水を浴びせられた様に
身体全体に悪寒が走る。
…何故、名前を知っているんだ!
この子は?…

「もしかして、君の名前は洋子ちゃん」
と、私も聞き返す。
「何言ってんのよ。いまさら私の名前を
聞いてくるの?」
と、笑顔で言う表情は、
僕の知っている洋子であり、私の妻だ!

私の身体は、ガタガタと震え出す。
…こんな事が現実にあるのか?これは奇跡か?…
「翔ちゃんが、元気ないからここに来てあげたのよ」と、明るく話す少女。

…ここに来てあげたって、言ってるけど、
霊となって来たのか?現実に姿は存在しているのに…
「また、来るね。翔ちゃん。」
と、少女は出口に向かって走り出した。
走る少女の後姿を見ているだけだった。
「待って」と云う言葉も無く。

あれは何だったんだろう?
白日夢か?
幻想か?
それとも現実か?
私は不安と驚きと嬉しさを抱えながら、
帰宅の途に着いた。
あれから数日が過ぎたが、
私の期待虚しく少女は現れなかった。

退屈で寂しい日々は今も何も変わらない
…妻に会いたい。…
そして私の想いは現実となる。

ある日突然、妻を見つけた。
薔薇園の中を歩く彼女。
少女では無くて成人した彼女。
私と付き合い出した頃の彼女。

嬉しいそうに、花々を観察しながら歩いている。
そして私の方を見て手を振る彼女。
私の身体は、瞬間冷凍されたみたいに氷結した。
驚き、嬉しさ、複雑に入り乱れた感情は、何も言葉にする事は出来ない。

「久しぶりね、翔ちゃん。元気出してよ。
いつも暗いよ。私はいつも貴方の側に居るのに」
と、意味不明な言葉を投げかけてくる。
「いつも側に居る?」

そう言えば、
この言葉は彼女がよく言っていたセリフだった。
「寂しい時も、悲しい時も、私はきっと貴方の側に居るからね。」
と、
病身の妻が落ち込んでいる私を励ましてくれた言葉だった。

私は人目を気にする事も無く泣いた。
涙が止まる事も無く溢れ出す。
「どうしたの、翔ちゃん。元気出してよ!
私はここに居るよ」
と、力強い言葉。
「翔ちゃん、私はずっと側に居るからね。
きっとだよ。貴方の側にいるよ」
と、言葉を残して消えた。
あれは幻か?
夢か?
今になっても私には解らない。
あれから妻は薔薇園に来ることは無かった。

でも感じるんだ!
僕の側に妻がきっと居る事を。
だからもう、悲しんだりはしない。
絶対に悲しんだりはしない。
寂しくなんか無いよ。
また直ぐに会えるからね。

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